夏が来て 短いスカート 風よ吹け
1999年に公開された、市川 準 監督・犬童一心 脚本による日本映画『大阪物語』が、今になってようやくDVDリリースされました。なぜ今までDVD化されなかったのか、これは映画界の七不思議と言えましょう。
しかし、かく言う私も公開当時は劇場鑑賞せず、レンタルVHSが出た時に借りて観たものの、その時はさして感動もせず返却しちゃいました。もし、本作がタベリスト仲間gonbeさんのフェイバリット映画の1本でなければ、今回観直すことも無かっただろうと思います。
なぜ、当時の私の琴線には触れなかったのか? あらためて観てよく解りました。
これは大阪というコッテコテな町を描きながら、洗練された映像と自由な作風がまるでヨーロッパ映画なんですよねw だからハリウッドのアクション大作にまだまだ夢中だった、当時の私にはイマイチ響かなかった。
つまり予定調和や起承転結が無い世界。私は老若男女が気軽に楽しめるエンターテイメントを今でも愛してるけど、計算ずくのアトラクションに辟易する側面もあり、やっとこの映画の魅力が解る感性になって来たというか、いわゆる「追いついた」って事かも知れません。今回は大いに楽しめました。
ストーリーが無いワケじゃありません。むしろ、相当に波瀾万丈なファミリーヒストリーが描かれてます。
落ち目の夫婦漫才コンビ(沢田研二&田中裕子)の「憎みきれないろくでなし」そのものな夫が愛人を妊娠させ、離婚。その愛人と再婚したジュリーは、元妻と子供たちが住む同じ長屋の4軒隣に部屋を借り、行ったり来たりの日々を満喫。だけど長年の不摂生が祟って体調を崩し、漫才の本番中に倒れたりなどして、芸人としての限界を悟ったのかある日、失踪しちゃう。で、誰も彼を探そうとしない状況に痺れを切らせた長女の若菜(池脇千鶴)が、父探しの旅に出る。
普通の感覚で考えれば不幸としか言いようない境遇なのに、この映画には悲壮感がカケラもありません。そこがgonbeさんのハートを掴んだ最大のポイントかも?
物語は全て若菜の視点から描かれ、後半は好きな男子と二人で逃避行する「ひと夏の冒険」ストーリーになってたりして、ちょっとファンタジックでさえあるんですよね。そこにはもしかすると、彼女の妄想が混じってるのかも知れません。
つまり、本来なら悲しいストーリーが、生まれつきポジティブな若菜の眼を通して描かれることで、なんだか楽しいものに変換されちゃう二重構造。もしもナレーションが彼女のノホホンとした大阪弁じゃなく、岸田今日子さんや来宮良子さんあたりの乾いた標準語だったら、この映画の印象は(映像が同じでも)180度違ったものになった事でしょうw
そのポジティブさ(というより寛大さ……いや、鈍感さか?)は若菜に限った事じゃなく、夫の浮気相手が産んだ赤ちゃんと嬉しそうに風呂に入る、若菜の母親にも言えること。
まるで何もかも達観し、如何なるトラブルも楽しんでるように見える生きざまは、彼女自身が芸人であるのもさる事ながら、それ以上に「大阪人」であることが大きいような気がします。なぜなら、町の人みんながそんな感じに見えるから。
だからこの映画は『芸人物語』じゃなくて『大阪物語』。現実には大阪人にも色んなタイプがいて、こんな超越したキャラクターの人は実在してもごく一部だろうとは思うけど、これはドキュメンタリーじゃなく映画ですから、ファンタジーで良いんです。あくまで若菜という少女の眼、フィルターを通して見た大阪。
終盤、失踪中のジュリーが大きなトラックにはねられたような描写があり、てっきり死んだものと思いきや、若菜は病院で彼と感動の再会を果たします。で、その直後に「それからひと月して、お父ちゃんは死んだ」っていう彼女のナレーションが入る。
その時、私の口から思わず出た言葉が「結局死ぬんかい!」っていうw、漫才のツッコミなんですよね。どんな悲劇でも笑いに転化しちゃう、大阪人の逞しさ。この映画そのものが大阪漫才なんです。(ただしツッコミ役はあくまで観客。そこがヨーロッパ的w)
そもそも私は東大阪の生まれで、この映画に出てくる風景はほとんど見覚えある場所ばかり。ファンタジーって書きましたけど、新世界界隈などディープな地域に行くと確かにこんな空気を感じるし、若菜みたいなファミリーは普通に存在するんだろうと思います。
そんな大阪という町の包容力を疑似体験できる映画として、出身者はもちろん、そうでない方にこそ一度観といて欲しい作品です。
それより何より、当時17歳くらいの池脇千鶴さんの神々しいまでの瑞々しさ(どの瞬間を切り取っても可愛い!)は必見です。まだセクシーだった頃の沢田研二さんに田中裕子さん、吉本の芸人さんたち、そして地元の素人さんと思わしき無名の方々も実に味わい深く、見所は満載です。
この映画は本当に好きで、DVDになっていることを知ったときの喜びはどう表現していいのかわからないくらいです。
大阪にはなにかとご縁があり、かつ憧れに似た感情も持っていることも、この作品を好きになった理由のひとつだと思います。
大阪には、ほかの46都道府県には絶対にない魅力があります。“外国同然”って言われるのも納得です。北から南、東から西、いろんな大阪があるにしても。。。
現実はどうあれ、そのイメージ上の大阪をリアルに映像化したのが『大阪物語』って事かも知れません。だから面白いんですよね。