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ハリソン君の素晴らしいブログZ

新旧の刑事ドラマを中心に素晴らしい作品をご紹介する、実に素晴らしいブログです。

「ポジティブシンキングの極意。」

2025-02-18 21:21:15 | 日記

「令和の当たり屋」かも知れない変なオバサンに出くわした前日、つまり母が病院から介護施設へ戻った日、勤務を終えた私は薬局で買った栄養ゼリーを届けに、母の居室がある隣部署を訪れました。

そしたら、最近入ったらしい女性職員が「いえ、お気持ちは解りますがお母様はいま水分しか採れない状態なので必要ありません」と言って、受け取ろうとしない。

いやいや、今日はそうでも明日は違うかも知れないし、実際、入院中も6つ置いといたゼリーが2つに減ってたから、4つは(ひと口だけかも知れないにせよ)食べられたワケです。断られる理由が分からない。

だから「置いとくだけ置いといてもらえませんか?」ってもう1回頼んでも、その職員は「いいえ、すでに冷蔵庫に2つ入ってますから」と、無駄にスペースを取られて迷惑だと言わんばかりに突き放す。

以前の私ならここでプッツンしたかも知れないけどグッと堪えて「これは常温保存できる食品ですから、居室の片隅に置いてもらうだけでいいんです」と、あくまで穏やかに。

それでも彼女は「いいえ、お気持ちは解りますがお持ち帰り下さい」と頑なに拒否。入院前、母がご飯を食べないからゼリー等を持って来てくれと、依頼したのはそっち側なのに!

まるで「あなたのお母さんはもう、なにも食べないに決まってるから無駄なことさせないで」と言われてるようで、さすがにムカッと来たけど、やっぱり私はここ数カ月で成長してました。

彼女に怒鳴ったところでプラスになることは何もない。むしろ、母の生命を預けてる部署で反感を買えば母を危険に晒しかねないと判断し、「じゃあ、また必要になったら言って下さい」と引き下がりました。

こっち側の部署のクラスターがまだ収まりきってないのに、渡り廊下で直接出向いた私の方が非常識かも知れないしと、なんとか気を鎮めました。

そんな出来事があった上で翌日、GSであのイカレたオバサンと遭遇したワケです。



さらに、その夜。介護職員の義務として毎月受けなきゃいけない動画研修「ジョブメドレー」を早めに済ませようと思ってサイトを開いたら、今月のテーマがよりによって“ターミナル・ケア(終末期の介護)”と来たもんだ。なんという皮肉なタイミング!

おお!マイゴッドはどんだけ意地悪やねん!?って思いながら、そして号泣しながら約1時間分の動画を一気に観ました。ふだんは何日かに分けて観るんだけど、ことターミナル・ケアに関しては今の私が一番知っておくべき知識だから。

それで、ふと気づきました。これはゴッドの意地悪なんかじゃない。むしろ最高のタイミングでくれたアドバイスじゃないかと。つくづく、最近の私は「導かれてる」としか思えません。

で、そのターミナル・ケアには当然ながら「利用者様のご家族に対するケア」も含まれてる。終末期を迎えた利用者の家族、その気持ちに寄り添うことも介護職員の重要な仕事になるワケです。

観ながら前日のことを思い出し、またモヤモヤして来ました。今まさにターミナル・ケアを受けてる利用者の家族が届けた栄養ゼリーを、突き返したあの職員の対応はどう考えても間違ってるのでは?



だから翌日、母のケアマネージャーで私の上司でもあるOさんにいきさつを伝え、どっちが間違ってると思うか客観的な意見を尋ねてみました。

するとOさんは「それってこういう人じゃなかった?」って、その職員(私は名前を知らなかった)の特徴を即座に言い当てた。どうやら普段から問題行動が多い人らしく、Oさんはハリソン君に落ち度は無いと断言してくれた上、代わりにゼリーを届けてくれたのでした。

さらに隣部署の主任さんがわざわざ謝罪に来られる事態となり、当の職員もかなり絞られたみたいです。

私はどっちが正しいのか知りたかっただけで、クレームをつけるつもりは無かったんだけど、あの職員や施設全体の為にも結果的に良かったんじゃないかと思います。

あと、隣部署の人たちが口々に、母のターミナル・ケアに「最善を尽くします」みたいなことを言ってくれて、より安心して任せられる好結果にも繋がりました。そこには少なからず今月の動画研修がもたらした影響もあるんでしょう。

結果オーライ。我が身に起きたことがラッキーなのかアンラッキーなのか、どれもこれも自分の捉え方しだい。「ポジティブ・シンキングが幸せを呼ぶ」と世間で云われてる理由が、なんとなく解ってきました。



ところで今日は午前中に私の出演作『キャプテン・アメリカ/ブレイブ・ニュー・ワールド』を観に行って、帰ったその足で母のいる我が施設へも行きました。

ナース長からは「申し訳ないけど、もう近いと思う」って言われたけど、職員さんによると件のゼリーはごく少量ながら食べてくれてるみたいです。

ただ、声をかけても顔を向けてくれない理由が、私を嫌ってるからなのか単にしんどいからなのか、あるいは相手が息子だと認識できなくなってるのか、私にはもう判りません。

私がしてあげられるのはせいぜい、居室に持ち込んだプレーヤーのCDを入れ替えることぐらいで、かける言葉も「ありがとう」以外のボキャブラリーがない。

こないだ仕事中にふと思ったけど、介護施設って、ウチみたいに会話を失った親子に「一般的な家庭らしいコミュニケーション」を提供してくれる場でもあるかも知れません。

母が職員たちにどんな感情を抱いてるかは知る由もないけど、少なくとも私は利用者さん(特にお婆さん)たちとのコミュニケーションに、実際の家庭では味わえなかった温かみを感じてます。

もし母や父もそうであったとしたら、まさに「導かれた」と言うほかありません。いや、そう信じ込めば自分を責めなくて済む。これぞポジティブ・シンキングの極意!


 

コメント (2)
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