ささやかな幸せ

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『魂でもいいから、そばにいて』

2017-09-24 23:19:35 | 
『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』 奥野修司 新潮社
 あの未曾有の大震災から、今年で6年――。その被災地で、死者を身近に感じる奇譚が語られているという。最愛の家族や愛しい人を大津波でうしない、悲哀の中で生きる人びとの日常に、突然起きた不思議な数々の体験の聞き書き。
 怪談話として読むものではなく、興味本位ではなく読んでほしい。グリーフケアなど、いろいろと考えさせられる一冊。
 故人が夢枕に立ったり、足音や携帯機器などで故人の気配を感じたリ。幽霊ならば怖いけれども、身内の霊ならば怖くないそうだ。また、震災後の本当につらいときに出ず、落ち着いたときに出てくることが多いという。どん底から這い上がっていないのに、夢を見たリ、気配を感じるとあっちの世界に行きたくなるから、姿を見せない。気持ちの整理がついて「死にたい」と考えなくなったら、故人が安心して慰めようとする。存在や気配を感じることで、「見られているから、頑張ろう」「そばにいてくれると思うと頑張らなきゃと思う」となるらしい。
 また、不思議な体験を真っ先に否定するのは家族であることが多いらしい。ただでさえ、「あの時ああしておけば助かったかも」とか「海の中で一人でさみしかっただろうな、冷たかっただろうな」と思っているのに、「何を言っているんだ」と家族に言われたら、「理解してもらえない」と辛いだろうな。
 「亡くなった人との再会は、大切な人を死なせて後悔している生者が、あの世の死者と和解する場であり、死者と共に生きていることの証である。だからこそ、それがどんなかたちであっても、大切な人との再会を祝福してあげたいと思う。そのとき生者は、死者と共に自ら新たな物語を紡ぎだせるはずだから」「最愛の人を喪ったとき、遺された人の悲しみを癒すのは、その人にとって「納得できる物語」である。納得できる物語が創れたときに、遺された人ははじめて生きる力を得る。不思議な物語はそのきっかけにすぎない」「町が復興しても、彼らに復興は訪れない。いや、誰も彼らを復興させることなどできないだろう。私たちにできるのは、自ら悲しみを癒せるように彼らに寄り添い、彼らの悲しみを受け止め、静かに聞いてあげることでしかない」 興味本位ではなく、遺族に寄り添う奥野さんのこの姿勢がこの本を深いものにしていると思った。
 そして、皇室にあまり思い入れのない私だが、天皇陛下が避難所で冷たい床に膝をつき幼い子供を亡くした家族に声をかけるエピソードには、胸があつくなった。
 しかし、遺族に「(家族に犠牲者が多いので)お金がいっぱい入ったんだろう」と言ったり、我が子を元妻
との復縁の道具にしようとして、津波にのまれ、自分だけ助かったという話を聞くと、死者より生者のほうが恐ろしいかもしれない。
 
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