この間の日曜日、
家族と久しぶりにデパートへ行きました。
あれやこれや色々と見て地下の食品コーナーで締めくくった後、
晩御飯も食べて行こうと食堂に入りました。
そこでそのお婆さんに出会いました。
テーブル担当って言うんでしょうか?
お客さん帰った後でサッと出て来てフキンで拭いたり、
水のコップしまったり…
どう見ても60歳以下ではない、
恐らくは70歳かそれ以上ではないかと思えるそのお婆さんは、
さっきまで私たちが座っていたテーブルを拭いていました。
「こんなお年よりも働いてらっしゃるんだなぁ…」
などと考えながらお婆さんに話しかけました。
「ここに水の入ったペット・ボトル置いてませんでした?」
「えっ、ペット・ボトルですか…?」
微笑みながらお婆さんは答えました。
お婆さんが来たときには何も置いてなかったそうでした。
「そうですか…では、失礼しま…」
その場を離れようとしたときお婆さんの方から聞いて来ました。
「日本のお方?」
「ええ、そうです。」
「私、少し話せるんですよ。日本語…」
日本語に切り替えてまた少し、
自分が来たときにはテーブルの上に何も無かったこととか、
韓国語じょうずだね、みたいな短い会話をして別れました。
こういうときのご老人って嬉々として話されるんですよね。
皆さん嬉しそうに話される。
まるで日本語を話す機会を楽しむように、
日本語を話せるのが自慢だとでも言うように…
私はときどき日帝時代ってホントにどんなだったんだろうって思うんですよね。
ホントに悲惨だったのかなぁ…と。
あの時代を証言した映像やら文章やらに触れると、
我が国がいかにもとんでもないことをやらかした…となってます。
でも実際、あの時代を生き抜いた人たちに直接触れてみると、
以外にもあっけらかーんとして、
「あなた日本人ですか?」、「私、ちょっと話せます…」
みたいに言いながら…
嬉しそうに見えるんですよね…
本当にあの時代が悲惨で思い出したくもないのなら、
日本人に近づきたくもないし、
ましてや日本語なんて聞きたくも話したくもないはず…
勿論、人によって、
状況によっていろいろだったでしょうし、
人それぞれに様々な体験があったのでしょう。
私が偶然にもいい思い出が多い人ばかりに出会ったのだろうか…
どうもそれは考えにくい…
後世の人々が作り上げたものなんじゃないかと思えるんですよねぇ…
何のために…?
自分たちに都合がいいようにいろいろ変えますから…人間て。
それはこの国の人たちにだけ言えることじゃない。
利権関係で情報操作したり、
歴史捏造したりしてるうちは本当の国交なんてあり得ないでしょう。
いつか真実に日韓が、
世界が分かり合える日が来ることを祈りながら…
らしくなくカッコいいー感じで筆を置きます。ちゃおっ