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一句鑑賞

俳句ブログも長くなりました。この歳なりの記事が書ければと思ってますが、やや怪しげな時もあります。よろしくお読み下さい。

由布岳の思い出

2021-11-27 00:21:46 | 好きな街々

水分峠を越えてはるばる由布院の街へ辿り着いて、地鶏蕎麦も食べました<(_ _)>

私がよく通っていた頃は、高速道の大分道がまだありませんでした。

いわゆる下道を走りっぱなしで2時間以上の運転でした。

到着すれば金鱗湖から由布岳を見ることも楽しみ、、、町のどこからでも仰ぎ見れるのですけど。

その由布岳に登り始めたのは数年経ってから、こちらの宝満山など登っており登山ガイド本を読んでから挑戦しました。

たしか最初は、ほぼ9合目?由布岳のピークは東西二つあり、その分かれまでなんとか辿り着いたのですが、その分かれの場所に霧がつぎつぎとかかって来るのです。で頂上へは無理と引き返した。

それから何度か由布岳を歩きましたが、頂上に立ったのは一度だけです。

国道そばの登山口からはゆるやかな草地があり、気をつけていると足元に可愛い花が咲いています。リンドウの短くてちっこいのミヤマリンドウ?とか花の径が2,3センチの白い名は忘れましたが・・・とにかく可愛かった(笑)

草地をゆっくり登ると森林帯へ入るのですが、柵と出入口があり簡易な施錠をしていよいよ登山道です。この森林帯が前半の楽しみ場所で、季節によると紅葉や渡り鳥・・・俳句の季語で言うところの色鳥でしょうか、オオルリを近くで見かけた事があります。当時のデジカメはファインピックスの300万画素でズームも低くてシャッターは押したのですが葉を散らした枝にオオルリの青の小さな一点を映していました(笑)

樹林帯を抜けると本来は急登ですが、見上げるととてもじゃない急傾斜、ですのでジグザグ道が始まります。道はけいしゃもゆるく楽しく歩けます。一度下山時にこの道で小学生の遠足とすれ違いました・・・(-_-;) 一人一人がこんにちは!と挨拶するので困りました。

このジグザク登山道の楽しみは下界がよく見えます。由布院の街をはるかに見おろすことができます。田植え前か水田が光っていたりします。湯布院は温泉と観光地として有名ですが、もともとは農業がメインです。

由布岳の屹立映す田代掻く   そのころの句です

ジグザク道もいよいよ終わり、最後の急登になります。大した距離ではないのですが分かれに着いて右へゴロゴロとした岩を上れば東峰。ここに一度だけ立ちました(-_-;)

そのときは4月でしたが西からの風が強く、頂上備え付けの温度計は0℃に近かった(笑)

 

登山は日常では見れない景色が見れるとか、心身を鍛える目的でやっていたと思います。今も登りたいと思いますが、時間がありません。

今夜も睡魔がくるまで昔を思い出しております  おやすみなさい

 

 


ひたすら道は上っております

2021-11-25 01:22:56 | 好きな街々

朝倉から水分峠へと書いてきましたが・・・

朝倉まではほぼ平坦?

確実に海抜は高まっているのですがそれを感じないのです。

夜明けダムから道がしだいに登りになっていくことに気づきます。気づかないかも(笑)

玖珠盆地を抜けて水分まで一気にという訳にもいきません。玖珠川沿いに曲がった道をアウトインアウトで運転します。終いには長い直線がそれこそずっと登りです。

やっと水分峠に辿り着きます・・・(*^-^*)

此処は山なみハイウエイの起点で、右へ行くと阿蘇方面への素晴らしいドライブウエイとなりますね・・・!?

ドライブウエイに夏が来りゃ・・・(^^♪

イエイエイエイエ(^^♪ イエイイエイ(^^♪

レナウンの一世を風靡したCMソングのつもりです(-_-;)

やっとたどり着いた水分峠を左にいくと由布院の街へと下ります。

最初の信号を右折すると小学校が右手にあり、由布院駅からの道に出会う。

湯布院駅舎は建築家、磯崎新氏による設計ですね。外観は黒を基調のトーンでほぼ長四角で中央あたりが四角を基調のままに尖塔のように高まっていた。

駅前の通りをまっすぐ行くと右斜め方向への道がある。ここが昔からの道で左手には香椎壮という旅館があった・・・香椎という名は、香椎中将の別荘であったという。

二二六事件のとき、武器を捨て現隊に復帰せよ?でしたか、香椎中将の呼びかけでしたね。

その娘さんヒロコさん(わざとカナです)と私の母は仲が良くて・・・お琴の関係で知り合い80代半ばまで互いに訪問して琴を合わせて(合奏)おりました。

私もお話しを何度か致しましたが、さすがに軍人のご家庭で育っておられましたせいかお話しがはっきりしてらっしゃいました。またお父様がドイツなどへ派遣されたときにご一緒されていますので当時の海外生活もされておられたのです。さすがの母も香椎さんには心を許して話しているようでした。話は尽きません(笑)

で、香椎壮の前を通り抜けると・・・実はこの道は細いのです!離合が大変でした。

いよいよ細まった道を右折して金鱗湖へと・・・その隣が亀の井別荘で地鶏蕎麦の湯の岳庵があります・・・・やっと着いた!

といったところで、この辺りの話しはまだありますが・・・

また香椎さんのお話しもまだまだあるのですが、今夜はこの辺で・・・

 


三日月の滝は必見!

2021-11-24 00:54:37 | 好きな街々

昨夜は、玖珠町へ玖珠盆地へ入ったのでした・・・

ここの地形はその地に立ってみないと分からないが、想像していただきたい。

つまりスプーンを、それも昔ながらのカレーなどを食べたあの大匙というスプーンを。

そのまあるく、なだらかな何処に立ってみても傾斜を感じる。

水分峠へ向かってスプーンは先細っているが、幅ひろい辺りでは農業が盛んだ。

お米が美味しいとも聞くし、野菜でしょうね・・・豊後牛は此処だったか?

この町は国道をただ通り抜けてはいけない。

地殻変動でできたいわゆる段差?

三日月の滝、というところが在ります。

朝倉から筑後川をさかのぼり、日田市あたりでは三隈川と呼ばれていた川は、

名を玖珠川と流れて源流の水分峠へと続くわけだが・・・この段差は魚は遡れないという魚を返す滝とも。

大分県玖珠町三日月の滝でご検索下さい・・・(-_-;)

それから豊後森機関区跡はなんどか行きましたが、いわゆる機関車の整備などをするところですね。本線から一定期間の仕事を終えた蒸気機関車が点検整備をする・・・お休み場所?

転車台という機関車を乗っけて何番車庫にむけて方向転換をするところですね。私が行った昔は錆びていまして動かないようでしたが、今はどうなんでしょう?

 

そういった他に玖珠町の見どころは、ずばり・・・山!マウンテンです。

とくに伐株山(きりかぶやま)とか万年山の山体は他では見れない姿で、ここまで国道ドライブに飽きてきた者に大きな刺激となり、次なる目的の水分峠を近く感じさせる。

 

実はこの玖珠町九重町の農業者といいますか、とくに酪農牛肉牛関係と聞きましたが・・・・福岡県と大分県境の英彦山のすぐ北側の豊前坊と言うところに高住神社があり、玖珠九重から厚く信仰されていると言います。境内の牛の像を見て神社の方に質問したらのご返事でした(-_-;)  あの遠方からと驚きました。

 

といったところで地鶏蕎麦にすこし近づきました・・・かな?

見てきた聴いてきたこと書いてますが、対話だともっと盛り上がるのでしょうけど(-_-;)

おやすみなさい

仕事が忙しく疲れております(-_-;)

 


朝倉から夜明、そして・・

2021-11-22 23:05:56 | 好きな街々

昨日の続きかな・・・思い出すことなどを

朝倉街道を筑後川に沿って上っていくと今まで広かった景色が左右から急に狭まってくると同時に、川の流れも大きな断層ではないかと思うくらいに夜明けダムに向って急激に駆け上がっている。

その夜明ダムだが初めて見たのはたしか小6の修学旅行だったと記憶している。今になっても夜明けの名の由来も知らない・・・ダムが無かった時のことを想像してみるとかなりやばい流れであったことは想像がつく。急激に切り落ちた川底をほぼ滝のように流れていたのではないだろうか・・・あの流量で。

水力発電目的で建設されたダムで、建設途中に大水害に遭った。昭和28年のことである。ということは私5才、修学旅行は12才であるから完成して7年目のダムだったのだ。なんか物凄く立派なものを見た記憶がある。

この夜明け地点で朝倉からのR386と久留米市からのR210が出合う。正式にはどこでかは分からないが、筑後川を広く大きく挟んでの道が此処で出合う。

出合っても道は流れを挟んで一つは日田市の街中へもう一つは山側を走っている。やがて日田の町の先っぽでR210は橋を渡って日田市街地から抜けて来たR386、この辺りでは朝倉街道などとは言わない。日田街道である。道はR210となり386は名を消す。

流れはここで二つに大きく分かれる。一つは久大線とともに天ヶ瀬温泉、玖珠町から水分峠を越えて由布院へと下る。

もう一つはR212で大山川に沿って狭い、それでも大きな山体にしがみつくような村々を縫って海抜を上げていく・・・その先は松原・市筌ダムであり、切り立った崖っぶちの道を進むと杖立温泉に辿り着く。湯治後は突いてきた杖を忘れてしまうというような温泉効能が由来だと・・・だったかな?この先は南小国町から阿蘇の外輪山へ出る。

元に戻ってR210だが・・・天ヶ瀬温泉を抜けて川沿いの切り立った崖に紅葉を眺めながら行くと、視界が開けてくる。玖珠町に出たのである。

続きはまたにします・・・

由布院の地鶏蕎麦まではもう一息・・・(笑)

 

 

 

 


知らない街を歩きたい

2021-11-14 22:59:06 | 好きな街々

ときどき思うことは、知らない町を歩いてみたい(^^♪

自然遊歩道もそうですが・・・山は40代半ばから60代初めまで行ってましたが。

ネットで調べてみると、コースが沢山あります。

週二日の休みの一日を費やして歩くのもいいかなと。

もう70代の半ばに近くなりましたんで無理は利きません。

JRのウォーキングコースも沢山ありますし、それもいいかなと。

 

なぜこんなことを思い始めたのか、今のところ身体は悪いところは無いようですし。

ジャンルを限定しない町歩き?

つまりコースを決めて完歩するではなくて、自由に角を曲がってみたり出会った人と話してみたり、理想はそんな感じですね。

早朝のわが町の駅を出て、起点の駅からのマップを見ながら歩く。

何故か心が動かされています。

今のオフは車での移動でして、道の駅やお気に入りの店などに行ってますが。

ややマンネリ感があります、ぜいたくですけど。

毎日乗っている車にも飽きますしね。

 

40代半ばで登山を始めたときに当時の友人から・・・なんで?と質問されて。

そうね、50代を走り抜けたいから、と答えましたが。もう60代も走り抜けまして今です。

関節の痛みはときどき、お前は歳なんだからと忠告を発しております。

しかし本日は、20キロの餡子の缶を3缶移し替えたり、二三時間は二十歳のアルバイトさんと立ち仕事をこなしたりできました。

歳と向かい合っておりますが、身体とも向かい合っている故ですので・・・最後のチャレンジ的身体を動かそうってことです。当面は歩きのコースを検索して年内は終わるでしょう。年明けて元気があれば実行しなきゃいけません(笑)来年のことゆえ笑わないでね(-_-;)

2年前、下関市長府町・・・功山寺の紅葉です。

当面は仕事家事に汗かいてます<(_ _)>

今夜は冬の月が、半月からふくらみを増してきました。