中国貴州省で日本語教師

2007年春~2009年春、青年海外協力隊

1年の計は大晦日にあり

2008年12月31日 | Weblog
2年生の会話の試験は今日だった。

研究室で2人1組でテーマをくじびきさせて会話させる。
思ったよりも出来が悪い…。
イ形容詞とナ形容詞の活用や、過去形、状態のテイル形を使いこなせない学生もいて、うーん、と唸りつつ採点。定着してないのか、あうう。

テーマ会話が終わった後の個別質問では、「もうすぐ中国の正月だから実家に帰るのが楽しみだ」という話に盛り上がって、試験であることを忘れて、生き生きと私に話すコもいて微笑ましかったのだけど。

ところで、試験中なぜか銀行から電話がかかってきて、「試験中だから話せません」と言っているのにもかかわらず、「今日中に銀行に来て米ドルの振込み確認をしないと、送金元に金を送り返す」と脅迫じみた内容なのだった。
そもそも個人情報保護法などない社会なので、銀行も私の携帯電話番号を知っている。
「急に呼びつけられても今日は試験で時間が無いから行けない」と言って放任することにした。

今は米ドルを両替するのは非常識というものだ。
過去数年の水準に戻ってから両替すれば、日本円にして数万円の差が出るはずだ。
と、最近数ヶ月やむなく外国為替相場士のような計算をする私なのである。

そんな事があったりしたが、(同時進行でわやくちゃに物事が進むのはいかにもこの国らしいと思うのだが)
気を取り直して、日本人らしくきちんと、つつがなく試験を進行。

試験学生の入れ替わり中に、3年生男子が研究室に来て、
こんなカードをくれた。



こんなラブラブカードを頬を赤らめたキュートな男子学生に手渡されてしまい、どうしようかと思ったが、
「クラス皆で書きました!」。
中を開いてみると、みんなのサインと、



「輝かしい新年を迎えて、年頭のご挨拶を…
昨年中はいろいろご指導賜り…」

おおお、

私が「作文」で教えた以上にちゃんとした大人の挨拶状を書いてくれてるじゃない。

3年生の作文の授業は、しっかり定着してるようね。

えらいぞ~。

2年生の笑顔や3年生の気遣いを目にすると、ここの学生たちに出会えて、この2008年もたっぷり仕事することができて本当によかったと思う、大晦日です。



外国語学院新年会

2008年12月26日 | Weblog


外国語学院は英語教師だけで220人いる。

新年会の会場は、郊外の迎賓館近くのレセプションホール。

新年ってまだ来てないんだけど…。
クリスマス終わったのに、ジングルベル歌う先生もいるし…。
そこらへんはてきとーみたいだ。

最初の書記長と院長の挨拶からずっと、お子様たちが騒いで走り回っている。

出た、だれも子供のしつけをせずお子様野放しの中国。
人前での迷惑を考えて厳しくしつけをする日本とまさに正反対。
中国人の感覚では子供が迷惑とかいう考えは全然無くて、
子供はかわいいのだから皆で甘やかす、というのが正しい大人の態度のようだ。
…私は全然かわいいと思えないのだが。
郷に入れば郷に従えとはいうけれど、こういうところは同調できない。そんなんでいいのか?




テーブルの上はこんな感じで、ひまわりの種と落花生を食べ散らかす。

上司らがカラオケで歌ったりするので、アルコールなしの大宴会という感じか?
と思って見ていたら、
ピンポン玉競争やバレーボールや二人三脚のような事をやっていて不思議だった。



ラストは綱引き。

どうしてそんなに無邪気に室内で普通の格好をして綱引きができるのだろう?
みんな大学の先生なんだよね?
なんだかシュールな夢をみているのかしら私。



おおっと、すごい盛り上がりだ。

大学の先生数百名の新年前新年会は、こうしてシュールに終わった。

そして接待の料理。



唐辛子が入っていない物を見つけるのが難しい。
辛くなくても油ギトギト料理。

きっつぅ…

貴陽のクリスマス

2008年12月24日 | Weblog


学生からいきなりデコレーションされたりんご1個を渡される。

次々にりんごをもらい、何なんだろう?と思ったら、
中国ではクリスマスイブにりんごを食べるらしい。
林檎の発音は、平和に過ごす、という発音だからだそうで。
そういえばお見舞いも林檎が多い。

これはそのデコ林檎。てるてるぼうず?



貴陽の街に出るといつにもまして人が多い。

まあ、普段の週末も、だいたいが昼寝の習慣があるせいか夜更かしで、貴陽市街はこんな感じで深夜2時ごろまで元気に遊んでいるそうだけど。



車なんかも渋滞がはげしい。
最近、マイカー所持率が目に見えて上がっているので、貴陽市では慢性的な渋滞だ。



クリスマスなのにどうも縁日か夏祭りのような様相を呈している。

カーニバルの仮面が大人気。

なんか勘違いしてないか。



風船がやたらとめだつ。

中国の女性は風船をプレゼントされると喜ぶらしい。
なぜ!?



若者は皆、互いにおもちゃのスプレーをかけあってはしゃいでいる。

花火や紙ふぶきのおもちゃもそこらじゅうでやっている。

とにかく騒ぐのが好きなんだねきみたちゃ。



スカイプで交流授業

2008年12月18日 | Weblog

スカイプで慶応大総合政策学部加茂ゼミの学生さんたちと交流しました。

初めて同世代の大学生と話が出来て、みんな大興奮。

加茂ゼミでは中国の政治経済社会などの研究をしているそうで、中国語ができる学生さんもたくさんいました。さすがです。

中国語と日本語を交えて話せて、よかったねー。

中「あのドラマ(日本の現在放映中の)今日が最終回ですね」
日「おお~よく知ってるね!」

日「貴州省はどんなところですか?」
中「貴州省はまずい、所、ですが…」
私「まずい、じゃなくて、まずしい?」
日中「(爆笑)」

中「今日何時に起きましたか?」
日「11時」
中「え!私たちは6時半に起きて、音読をして、8時から授業です。毎日ですよ!」
日「ええ!!」

中日の大学生の様々な会話が飛び交って、楽しかったよ~~~。

テレビネット使用で大学講義

2008年12月16日 | Weblog

栃木県白鴎大学のキャンパスとJICA東京をネットでつなぎ、JICA-NetでJICA東京とJICA北京事務所をつないで、講義をしました。題して「特講ODAの政策学第11回 青年海外協力隊とは」

回線の安定性に不安があったので前半20分は編集ビデオを流して、生中継の部分は後半の質疑応答1時間ほど。

他の隊員4人も飛び入り参加してくれて、協力隊の活動や中国での生活の感想など、対話。…日本の大学生もかわいいなあ。

現役で語れて、自分の今までのボランティア活動を振り返ることができて、有益かつ楽しかったです。

3重の理解の鎖

2008年12月07日 | Weblog

先日、日本で2年間ネイティブ中国語教師(文部科学省のプログラム)をしてきた同僚とゆっくり話していて、

「私は中国に来て、赤信号でも渡れるようになりました」と言ったら、

「私は中国に戻ってもまだ日本での感覚がぬけなくて赤信号は怖くて渡れないです!」と言うので、二人で笑いあった。

生活面でも、仕事面でも、お互い「それ、わかるわかる…」と言い合う。


自分のボランティア活動がウェブ記事になった。

今、日本の大学院に留学中の同僚にも教えたら、メールの返事が来た。

いわく、

「そんなに貧乏な貴州省で、JICAのボランティアの皆様は文句なくそこで一所懸命がんばっている姿は忘れられないことです。

私は初代のJICA先生の教え子ですので、学生たちの日本人の先生への強い依頼感(引用注:おそらく、頼りにしてるという意味)がよく理解できます。

そして、自分が教師なので、教師のつらさも喜びもよく理解できます。

今、日本での一人暮らしで、先生のホームシックもわかるようになりました。

だから、こころから、先生に感謝いたします。
これから、一緒にがんばりましょう!」

すごい。私たちは3重に理解しあえる。大学院生活の奮闘も含めば4重に。

特別べたべたした付き合いの無い人でも、家族や古い友人など身近な人たちが自分を理解してくれるのとはまた別の深い理解をしてくれるというのは、いや、ある面ではむしろ身近な人たちよりも自分を理解してくれているかもしれないのは、貴重だ。

文学少女のガラスの10代の頃は、30代で夭折したい…と心に決めていたが、
こういうことがあると、長く生きてあれこれ経験を積むのも悪くないなと思う。