いつも野鳥を探しに行く山に、久々に入ってみた。キツツキの仲間が営巣していて、そろそろ卵が孵化して親が雛に餌を運ぶ姿が見えるのではないかという情報もあってのことだった。が、結局その鳥の姿は全く見られず、木の幹の上の方に開けられた巣穴入口をただただ30分くらい見上げて諦めた。
その帰りに、先刻上から下りて巣穴を見上げる我々の横を通って下りて行った女性ハイカーに追い付いた。沢沿いの暗い林の、湿り気の有る登山道の脇に屈みこんで何やら探しているようだ。近づくと、どうやらキノコを見つけて写真を撮ろうとしているらしい。「なんていうキノコですか?」と声を掛けると、少し珍しいキノコのようで、名前ははっきりと分からないという返事。
周りの葉っぱを除けてスマホとデジカメの両方で撮影する様子を黙って見ていた。撮り終わると、少し立ち上がって「もしかすると、コンイロイッポンシメジかも知れないが、それなら珍しくはない。でも、少し違う気がするので・・・」と説明してくれた。珍しいのなら、と、こちらもカメラを構える。野鳥用の望遠なので、目いっぱい縮めても、それほど近づいては撮れない。
感度を目一杯上げ、シャッタースピードを遅くしてシャッターを押した。確実にブレているだろうが、それでもどんなキノコだったかくらいは分かるだろう。こちらが撮り終わるのを待ってくれた女性は、おもむろに根っこから採ってナイロン袋にしまい込んだ。何やら詳しく調べ、場合によっては専門家にデータを送るという。随分と年期の入ったアマチュアのきのこマニアである。聞けば、県の「茸の会」の会員でもあるらしい。秋になると「観察会」が開かれたというニュースが毎年流れるので聞き覚えた会である。
さらに暫く一緒に下って行く間に、ベニウスダケ、チチタケ、カバイロなんとかタケ、・・・、10分くらいの間に10種類くらいを見つけた。「こちらはいつも上ばかり見て歩いているので、ここにこんなに多くのキノコがあるなんて何も気づかないでいた」と同行者。まったくその通りである。「でも、こんなにいろんな種類があっては、写真を撮るだけでも右往左往だ」と、今日はまったく鳥を撮影していない鳥撮り屋としては羨ましいやら恐ろしいやら。チラッと見せてくれたスマホの写真だけでも数十から百はあった。写真の数はきっと数百では済まないだろう。
「いつも帰宅すると写真の整理です」というその女性は、万を超える写真を整理しているそうだ。たまに百枚を超える写真を撮っただけで整理に四苦八苦仕手いる身には、「野鳥で十分か」と考え直す。そんなことをしているうちに、彼の女性は、またもや道から外れた山肌に張り付いてキノコを眺めているようだ。「なるほど、これは一流だ」。昔、研究で海産無脊椎動物を採集したこともある自分としては、趣味の人では止まらない「研究者」の後姿をそこに見たような気がした。
自分は野鳥についてもそこまでは踏み込まないことにしている。一向に立ち上がりもしない彼の女性に心の中で敬意を表し、黙って静かに立ち去ることにした。しかしそれにしても、キノコ(茸)の世界は奥が深そうだ。