秋麗(あきうらら)

うーちゃんの節約日記です。
不思議だなと思う心、いつまでも忘れずにいたいな

あの滝畑ダムの天神社はもと大梵天王社で、岩湧山ってキトラ山とも呼ばれる

2016-05-30 | 古代史のミステリー


昨日午後、河内長野市の滝畑ダムに車転落の痛ましい事故ありました。
ちょうど1ヶ月前に槇尾山の施福寺へ西国33所の朱印賜りに参拝。
自分で運転して行ったのであの辺りの地図は何度も見ていて、槇尾山の東側にある滝畑ダムを覚えていました。



橋本市
 槇尾山・岩湧山・紀見峠コース(ダイヤモンドトレール)

いつかそのうち歩いてみたいと思って保存してました。

めねふねさんがコメントで、
「この辺の地理的、神社的なつながりなど、気がついたことあったら、なんでも教えて」
ということですので、知ってることにさらに調査加えてお知らせします。


滝畑ダムは心霊スポットというのが結構ヒットします。
ひょっとしたら霊に引き込まれたのか・・・なんて。

そういうスピ系はわからないので、歴史的背景を中心に今の時点で知りえたことを。


最初の画像をご覧いただくと、転落した橋の手前、ダムの左岸に天神社があります。

旧滝畑7ヶ村の氏神で旧名は大梵天王社であったそうです。

大阪府河内長野市滝畑731
北緯34度22分58.8秒 東経135度31分19.5秒

主祭神 天照皇大神、伊弉諾命、伊弉冉命
創建 不詳
本殿の様式  三間社流造
河内長野市指定文化財  鉄製湯釜 長禄4(1460年)製作


天神社で検索してると、あるブログ
「ここも河内長野(高向神社)と同じく富田林(美具久留御霊神社)の宮司さんが守っておられます
本殿後ろの森は神体山である
下を見下ろすと 滝畑ダムがはるか下に見えます
南東の方には 岩湧山茅場が頂上近くに白く帯を巻いたように見えます
滝畑地区では「キトラ山」と呼んで茅場を大事に守っておられます」


この文中のキトラ山に甚く反応しました。

キトラ山が岩湧山だって?
高校1年の春の遠足で行きましたが、当時キトラ山って知らんかった。

岩湧山は、地元では、キトラのカヤ山と呼んだ。
山麓一帯の岩盤が湧くように屹立する山容から岩湧山となった。






岩湧山頂一帯は別名『キトラ』と呼ばれる滝畑住民の区有地で、日本を代表するカヤ(茅、萱)の宝庫。
カヤは一般に屋根葺きや炭俵、スダレなどに使われるイネ科の多年草(ススキの一種)で、オンガヤとメンガヤに大別される。
オンガヤは平地に分布し太く固いが、メンガヤは主に山地に分布し細かく柔軟性に富んでいる。そのため、メンガヤは屋根葺きに適しているとされてきた。
キトラのカヤは、良質のメンガヤで、文化財建築物の屋根葺きに最適と認められている。
岩湧山茅山保全協議会では、このカヤを文化庁に提供すべくカヤ場の保全およびカヤの品質向上に努めている。


キトラって珍しい地名です。
飛鳥のキトラ古墳となんか関係あるのかな。
かつてのエントリー記事 → 2013-08-12 キトラ古墳




続いて気になったことは、大梵天王社の祭神
天照皇大神、伊弉諾命、伊弉冉命 

なんでかな。

大梵天王で調べてたら、み熊野ネットで
和歌山県田辺市神子浜 神楽神社(かぐらじんじゃ)

神子浜村の産土神で、もともとは大梵天王社(だいぼんてんのうやしろ)と呼ばれていました。
大梵天王とは梵天、古代インドの神ブラフマーを仏教が取り入れたもの。
明治4年に神仏分離して神楽神社と名前を改められました。

所在地 神子浜下浜田307番地
祭神 天太玉命 天宇受売命 毘沙門天 火産霊命 妙嚴宮

森の裾には「南方熊楠珍種の藻発見の池跡」の碑が



熊楠が度々訪れた神社であり、珍種の藻を発見した場所ですって。

和歌山県神社庁のサイトでは
「創祀は社伝に宝亀6(775)年9月勧請という。
例祭は11月23日・・・
巫女の里神楽奉納、湯立神事が行われる。」

湯立神事というのを発見し、湯立には釜が必要。
ということは、滝畑ダムの天神社の鉄製湯釜も同じような儀式が行なわれていたのかも知れません。

滝畑ダムの右岸には滝畑磨崖仏写真があるそうです。

画像いただいたサイトは→こちら


17 コメント

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R371 (ulala)
2016-05-31 08:18:59
内容的にこの記事で返答させてもらいます。
南海高野線沿線で生まれ育ちましたから堺市より南の大阪狭山市、河内長野市、山越えて橋本市から高野山、少しは土地勘あります。
高野山以外にも、丹生都比売神社、立里荒神とかも行ったことあります。
紀見トンネルも含めてR371を通ってるという認識が全くありませんでした。
細い酷道で、和歌山はあの二階さんのおかげで急激に道よくなってます。
中国と繋がってるかどうか裏はわかりませんが和歌山のインフラにスゴイチカラお持ちなのに、先日御坊市長選挙で長男負けたんですよね。
で、話は戻りそのR371の起点が河内長野の七つ辻で、終点串本にビックリ。
高野山近辺は高野街道として平安時代から云々にも驚いた次第です。
改めて道も競馬も侮れんなと思いました。
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びっくり (りひと)
2016-05-31 20:04:56
久々のお邪魔いたします。滝畑って私もと思ったらあの事故の件ですね。
必死に何かと調べましたが梵天ですかあ。縄文の遺跡もありそうですね。
気になるところが似ていて嬉しいです。
鉄、釜、藻ですかあ、塩作っていたかもしれませんね。遺跡の記事で炉が集落の中にあるパターンとか?目にしましたので、藻の発見の話は嬉しいです。
とても気になる地を取り上げてくれてありがとうございます。事故が起こらないようになること望みます。事故に出会ってしまった方にはご冥福お祈りしたいです。もっと早く何か対応できないのか?とも。2864
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りひとさんへ (ulala)
2016-06-01 08:15:39
河内長野に縄文遺跡あるとは知りませんでしたが、守口でも八雲あたりに遺跡あったような。
次々と時代重ねて住み続けてたらなかなか遺跡発掘は難しいですもんね。
岩湧山のキトラのかやに注目すると、縄文ビーナスが出た茅野市はカヤノシと間違えて読みくだしてて、縄文とかやとつながるやんと思いました。
茅の輪の茅野ちので、かやは取れないのかな?

河内長野の七つ辻が起点のR371は紀見トンネルで和歌山入り高野山左山麓通り串本が終点。
田辺の龍神で左に分かれると海に出るので、記事に紹介した神楽神社に行けます。

昨日の夕刊によりますと、ダム転落車は事故現場300m手前にある神社付近の防犯カメラに映ってたそうです。
カーブを曲がる途中で対向車線にはみ出すが修正して元の走行車線に戻ってる様子。
その後再び対向車線にはみ出たのは、なんらかの突発した異変が発生した可能性があると報じられてました。
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ありがとうございます (めねふね)
2016-06-02 00:21:25
キトラって鬼虎(艮)としか思えないんですよね。装飾画の四神に十二支といえば方位ですしね。
でももうひとつキトラがあったとは。

闇の流れは、例の176号から八尾空港の方向へ。
つまり住吉や堺ではなく、藤井寺~羽曳野~富田林~河内長野へと流れてる気がします。
大和川の支流の石川ぞいですね。
国道でいうと170号~371号でしょうか。
その流れが、石川をさらにさかのぼって滝畑731に行っちゃったのかなと。

DIVAさんが堺は無反応とコメントしてくださいましたが、まさにそうだと思います。
R371にはツキヨミの子で、日本武尊に障ったイブキドヌシもからんでますから。

R371で大事なのは例の串本と高野山です。高野街道はもちろんだけど、じつはホツマツタヱでは、のちに弘法大師を高野山に案内したとされる高野御子大神(狩場明神)はイブキドヌシなんです。
丹生都比賣の子ではないんですよね。

天照大神の岩戸びらきのあと、ハタレ魔の大乱が起きます。岩戸隠れで列島全体を闇がおおったわけですから、記紀みたいに天照大神が出てきておしまいでは、ほんとはおかしいんです。

ハタレは後世の土蜘蛛に通じます。
そのハタレ魔を、いわば高野山に宮を建てて封じたのがイブキドヌシ。
いいかえれば、金剛峰寺の地下に闇と魔が封じられてるわけです。
たぶんそれも漏れ出してるんでしょうけどね。

ミロクの犠牲の十字(常神串ライン)の若狭から串本まで、闇の流れができちゃってる。

5月5日の中央構造線と糸魚川静岡構造線(列島の十字)のクロスポイントで起きた、諏訪大社上社本宮の御柱祭の転落事故。

中央構造線とクロスする剣山~金毘羅のR438の三頭トンネルで発生した、5月5日の美馬市長の事故(これもなぜかハンドル操作を誤って、対向車線に飛び出してる)と、伊射奈美神社。

そして今回の555ナンバーの滝畑ダムの転落事故と、滝畑「731」。
あきらかに中央構造線と闇の流れのクロス、そしてイザナミでもつながってるし、梵天=ブラフマーの三神一体と三頭トンネルは、トリニティに関係する気がしますね。

山陽新幹線の姫路駅の人身事故は、新大阪発熊本行きの「さくら555号」。
大震災の前は、55ゴジラ松井と55ゴリラ長友でしたけどね。

55は艮の金神。
555はブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァだったりしてね。
日印原子力協定最終合意だし。
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キトラ (ulala)
2016-06-02 11:13:33
ずいぶん前ですが、蛍光学園が高校ラグビーで優勝したとき記虎監督でした。
キトラは鬼虎でもあり、北浦がなまったものでもあるらしいことは、キトラ古墳の記事で書きまし。
河内長野駅の二つ手前の滝谷駅から15分ほど歩いたところに父系の本家北浦があります。
あのあたり北浦姓けっこう多いみたいです。
岩湧山で萱を刈り取る仕事してたのかな?

與通のお大師さんと高野街道の記事は
http://blog.goo.ne.jp/goo3820/s/%A4%E8%A4%C4%A4%CE%A4%AA%A4%C0%A4%A4%A4%C3%A4%B5%A4%F3
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書き換えました (ulala)
2016-06-02 17:28:33
>高野御子大神(狩場明神)はイブキドヌシ
これは全く存じませんでした。
イブキドヌシで検索したら思金神社公式ブログがヒット。
「イブキドヌシが一族を連れて真名井の朝日宮に詣で」に反応してざっとみると、ハタレでてきました。
ソサノオとともに力を合わせてハタレ根の益人、白人(しらひと)・コクミ・ヲロチを討ち滅ぼして・・・
ハタレ征伐の章は、悲惨である戦いの様子をただのお伽話のように書かれてあると。

http://omoikanejinja.tumblr.com/post/96602711581/%E7%B4%A0%E4%BD%90%E9%B3%B4%E5%B0%8A%E3%81%AE%E4%B9%B1%E8%A1%8C-%E4%B8%83
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ulalaさまへ (りひと)
2016-06-08 12:20:41
ダムと川と神社と海、なんだかワクワクしちゃいます。そこに梵天。

海神の民族が関わっていそうですね。風を動力に海から川を伝ってやってきたようにも。河内長野って地名も気になりますね。長野って各地にあったのかしら?阿蘇の神社にも長野の付く祭神さんもいましたのでニュースでドハマリでした。
信濃の国ってっことばのが古いのかと思っていましたが長野ってのは特別な意味もありそうに思いました。シナノって音も風っぽい。そう内陸に入って行ったのでしょうね、そこから阿蘇に辿りついた民族がいそうだと妄想しています。3355

人間のかかわりが原因でない事故はどうにか減らしたいですね。3355
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ありがとうございます (りひと)
2016-06-08 12:35:52
びっくり、お祭りも左義長がありますし、妙見さんも祭神の中にいて、さらに不詳の人柱ありですね。
左義長も各地でさまざまですが塞の神も関わったり人形燃やしたりといろいろあるようです。

ここ大事な場所ですよ。きっと。
炭や火も関係がありますけど、風はやっぱりメインのようにも。
イブキドヌシは関わりそうですね。6718
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りひとさんへ (ulala)
2016-06-08 13:38:20
河内長野、河内松原、ともに河内を上につけてますね。
長野といえば、去秋、戸隠へ行きましたが、鬼無里(きなさ)がとても気になりました。
http://blog.goo.ne.jp/goo3820/s/%B5%B4%CC%B5%CE%A4

そして、しなつひこ もとっても気になっている神様です。
http://blog.goo.ne.jp/goo3820/e/81bf01d85a8c1c6851fdf955c68a7793

ともに含蓄深いなげかけコメントでしたのでお答えになってませんが、あしからず。
何らかのヒントになれば幸いです。
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ありがとうございます。 (りひと)
2016-06-08 19:16:45
ulalaさまのメッセージはお告げのようで本当ありがたいです。
象牙の笏って一昨日辺りでマンモスのテレビやっていて象の信仰ってマンモスから来てないなかあ?とか思ってまして笏も大好きなキーワードが。長野ですよね。天武も持統もこだわった地とは。
また、風日の宮もこの前なんか出てきて、伊勢のが千木が六本なのが写真で分かり嬉しい限りです。今は自分だけで楽しんでおきますね。うちはぎかそとはぎかも後でみます。

何かふと思った時にこちらにお邪魔するとヒントが。ありがとうございます。
他の記事も連続はまってしまうんですよね。一寸法師は私も今気になっていますよ。住吉大社で一番行きたい境内社の所にあったので。私もおわんに入ったかも。記事楽しみに読んでみますね。8327
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