NHK『日曜討論』が取り上げていた人口減少社会の問題点、人口東京一極集中の原因は日本人の権威主義

2014-05-13 09:15:07 | Weblog



 5月4日(2014年)のNHK日曜討論が『どう向き合う 少子化・人口減少』と題して人口問題を扱っていた。 

 人口の東京一極集中の原因が日本人の権威主義にあることは以前から言っていたことだが、最近、人口減少が盛んに言われるようになり、労働力人口の減少を補うために外国人労働者を入れるかどうかといった議論まで出てきているが、人口の東京一極集中問題に限って改めて取り上げてみることにした。

 NHK日曜討論冒頭、次のような解説が行われていた。

 解説「日本の子どもの数は減り続け、人口減少に歯止めがかからない。出生率は1.41。2061年には総人口は今よりおよそ4000万人減るという試算も。

 人口の減少を見据え、働き手をどう確保するかも課題となっている」

 番組冒頭近くで、元総務大臣、元岩手県知事、現野村総合研究所顧問、東京大学公共政策大学院客員教授と肩書の多い増田寛也氏が人口の東京一極集中について発言していた。

 島田アナウンサー「大都市とそ例外の地域との人口格差が深刻な問題となっているが、その点については」

 増田寛也「若い人の数が減ったり、総人口が減るといういうことは 出生率が関係していることが大きな要素一つだが、もう一つの要素として、東京に若い人がどんどんどんどん出て行ってしまう、地方から見ると。そのことにより地方の人口の減少がより加速している。この人口移動の部分が日本の極めて世界的には稀な特色であり、若い人たちが東京に行くと、東京はなかなか子どもさんを産み育てにくい環境にあります。一方で地方も経済などが衰退していってしまう。

 ざっとした私の計算でも、2040年からちょっ経ったそのぐらいの間に市町村の数で全国で523の市町村がもうほぼ消滅する、その危険性すらあるのではないのか。母数は大体1800(市町村)ぐらいですね。

 ですから、この人口移動って言うか、東京一極集中問題は総人口の中で、よりその問題を考えないといけないと思います」――

 では、なぜ若者は東京を目指すのか。勿論、東京一極集中によって東京の消費が栄え、経済が栄えて、文化が栄えて、雇用が栄え、その他諸々が栄える結果、その反動、もしくは代償として逆に地方は若者人口が減り、消費が衰え、経済が衰え、文化も衰え、雇用が細まり、その他諸々が衰退していく東京と地方の善と悪の無限循環に支配されて、東京のみが若者を地方から吸収する力をより一層蓄えていく人口移動の過剰な一方通行が原因となっているからだとは分かるが、このような状況になったことの、あるいは善と悪の無限循環を生み出したことのそもそもの原因は何かということである。

 権威主義とは人間活動やその成果、社会慣習的制度から経済・人口・文化規模等を合わせた各地域の総合力まで上下に権威づけ、権威づけの上下に応じて人間自体を上下に価値づける思考様式・行動様式を言う。いわば職業や学歴、家柄に始まって収入や住む地域の規模に応じて上下に権威づけて、ランク付けた権威に応じて人間を価値づける文化・慣習を言う。

 日本の中央集権体制も中央=東京を最上位の権威と看做し、地方を順次下の権威に置く権威主義によって成り立っている。

 東京は何事につけても最上位に権威づけられているということである。地方の田舎で働いているよりも、東京で働いている方が働いている本人だけではなく、親にしても鼻を高くすることができる。それも有名企業なら、なおさらのこととなる。

 遊びに行くにしても、自分が住む田舎町の繁華街で遊ぶよりも、東京の渋谷や原宿、あるいは秋葉原に遊びに行った方が価値あることとして自慢できて、自分を何様とすることができる。

 1946年(昭和21年)の学制改革によって各都道府県庁所在地に国立大学が新設されたが、それらの大学は旧東京帝大や旧京都帝大、旧東北帝大、旧九州帝大、旧北海道帝大といった選りすぐりの日本のエリートを集めた錚々たる優秀大学に対して、急行が停車する各都道府県所在地の駅では駅弁が売られていて誰もが選り取りみどりに買って手に入れることができることから、エリートとなれない者も入れるという意味で駅弁大学と揶揄された名称を有り難くも頂くことになったが、こういった現象自体・ランク付け自体が権威主義による価値づけであって、何を学び、学んだ学問を如何に社会に役立てるかで人間を価値づけるのではなく、社会的にランク付けた大学のステータスで人間を価値づける倒錯を日本の社会は、あるいは日本人総体はそもそもから孕んでいた。

 この結果が、学問の質や大学生の質を基準とするのではなく、東京に所在するというだけで学生が集まり、大学の規模を大きくしていることを基準とした六大学等の有名私立大学までが駅弁大学よりもランクを上とする権威主義的趨勢が日本の社会に形づくられ、東京一極集中の大いなる手助けを果たすこととなったということであろう。

 このような権威主義の根を断ち、人間を権威というハコモノで価値づけるのではなく、個人として身につけた経験や知識、それらの社会的な応用力と応用に応じた社会的貢献によって価値づける、権威主義から解き放たれた個人主義(「国家・社会の権威に対して個人の意義と価値を重視し、その権利と自由を尊重することを主張する立場や理論」『デジタル大辞泉』)の考え方に立って、人間の中身や人間の活動の実質を重視するようにならなければ、東京一極集中の流れに到底、歯止めをかけることはできないだろう。

 
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