何事もプラスばかりではない。プラス・マイナスの二面性を宿命とする。
いよいよご退任の小泉純一郎氏、19日朝日新聞朝刊(06.9.)に「分裂にっぽん 5」と題する記事が載っている。「誰でもどこでも公平に医療を受けられるという『国民皆保険』」の崩壊を告げる内容である。その原因を箇条書きに纏めると、
①卒業医師が出身大学の大学病院の臨床研修を受け、そのまま大学病院に残る従来からの慣習が04年から研修先の選択が〝自由化〟となった結果崩れて、4割近くが、収入がいいからだろう、一般病院に就職、結果として大学病院が人手不足に陥って、救急の看板を下ろしたり、時間外診療を中止する大学病院が出現することとなった。勿論最終的なしわ寄せは急患やいつ調子が悪くなるかも分からない健康に不安を抱えている一般市民である。
②大学病院が自らの人手不足を解消するために地方の公立病院に派遣していた医師を引き揚げさせることとなり、今度は地方の公立病院が人手不足に陥る悪循環が起きている。結果、常勤医師の労働量が増え、退職していく医師が出始めている。これも最終的なしわ寄せは一般市民に向かう。
③小泉政権が診療報酬のうち、医師の技術料を含む部分を初めて下げる医療費削減を進めたが、政治力の強い医師会の中心である開業医の勤務医に比べて一般に収入が高い構造への〝競争原理〟の導入、コストカットを放置したため、地方の勤務医離れを加速して、これまたしわ寄せが地域の病院に頼る住民に及んだ。水は低きに流れるが、人間はカネの高きに流れる。
④地方医師不足の解消策に厚労省が開業医や病院長になる資格許可と交換条件に僻地勤務の義務づけを行おうとしたが、「職業の選択と居住の自由を奪う」と医師会と自民党が反対。政治力が政治を左右する結果、政治力を持たない一般市民が被害を蒙る。
⑤介護保険制度見直しで、介護用ベッドレンタル料が1割負担から全額負担、入院患者の食費の自己負担等、低所得患者の生活を直撃。
⑥介護認定の見直しで、「要介護1」の約130万人を「要支援」に変更する生活困難者・低所得者には例外を設けない情け容赦ない改革。――等々。
退任間近となって21日(06年9月)に首相公邸を引き揚げ、都内のホテルに移ったそうだが、小泉首相は「構造改革は痛みを伴う」と宣戦布告して改革断行に向かった、相手は国民全般ではなく、最終・最大被害者となる生活困難者・低所得者だけに向けた宣戦布告だったのである。高額所得者は宣戦布告の相手ではなかった。言ってみれば弱い者いじめの宣戦布告であり、弱い者をさらに窮地に陥れるための構造改革という名の戦争が実態であった。逃げ惑う市民の命を狙うのではなく、面白半分に足元を狙ってヘリコプターから機銃掃射し、なお慌てふためかせる――そんな状態に追い込もうとしていたのである。尤も逃げ惑うだけの体力のある者はいいが、寝たきり状態を強いられている人間はどう逃げ惑ったらいいのか。
低所得者の中には小泉首相が悪魔の化身に見えてきた者もいるだろう。大体が世の中は三途の川もカネ次第、地獄の沙汰もカネ次第と相場が決まっている。高度成長で忘れていた格言を小泉構造改革は思い出させてくれた。これは大きな成果である。「カネで買えない物はない」――ホリエモンは偉大なことを言ったものだ。日本人1億総カネ亡者の悪魔となるべきである。愛国心なんぞ、何の足しにもならないことを知るべしである。
一方で景気回復で全国的持ち直し傾向にある土地価格が土地所有者に福をもたらし、「吉本興業が過去最高益」、「キヤノン、最高益更新」、「ホンダ第1四半期決算、過去最高益」、経営破綻し一時国有化されている地方銀行の「足利銀行、2期連続最高益」、「横浜銀行3期連続で最高益」、「トヨタ最高益」、「最高益を競う不動産各社」といった見出しが新聞紙上に踊る。株で大儲けした株長者もいるだろう。
多大な利益を受けることになる者にしたら、それを小泉構造改革の成果だと見なして、小泉首相が神・仏に見えるに違いない。「首相官邸の方向に足を向けて寝たらバチが当たる」――
小泉首相は「死ねばみな仏になる」と自分の靖国神社を正当化したが、小泉センセイ、生きながらに神・仏の地位を獲得することになる。悪魔の化身と神・仏の二面性。
勿論、その二面性は日本社会の現在の〝格差〟なる二面性と相反照し合う。小泉首相自身がつくり出した政治成果であることを歴史に書き記しておかなければならない。日本の歴史・伝統・文化が美しく出来上がっているどころか、多くの矛盾を含んでどろどろしていることを忘れないために。
人間の営為が何事もプラスだけではなく、マイナスもつくり出す二面性を抱える宿命を無視して事を行うとすると、プラスの面にのみ視線が向かうこととなる。小泉改革の副産物である〝格差〟はそのことを教えているのではないか。プラスの方向にのみ改革を進めて、眼を向けることをしなかったためにマイナスも生じることを考えなかった。