花鳥風月

生かされて行くもの達の美しさを見つめて,
ありのままの心で生きている日々の、
ふとした驚き、感動、希望、

才色兼美、の誰とは申しませんが、、、

2010-06-07 01:08:05 | Weblog
   
    母の時代は富士山、芸者、中国の食事に、ヨーロッパの住まい、、、
    漠然とイメージで、満ち足りた結婚生活には「日本女性」、、、

    そのような事を笑顔で言いながら、明治40年代に生まれた母は
    「刈り上げ頭」「ブーツ」「ドイツのピアノ」「硬式テニス」、、、と
    アルバムを見る限りには恵まれていた。戦争を境に、天地の状況。

    明治生まれで、車の免許と調理師、日本でははしりの女の先生もした。
    てきぱきと、およそ当時の女性らしからぬ自己実現派。

    高野山の後に立派な和尚さんになった方がおっしゃった。

    小坊主のころ、あなたのお母さんに出会ったのを、覚えています。

    かなり、、、型破りの女性だった母、と
    てきぱきと仕分けしてゆく「彼女」が、重なってしまうのです。

    母は、「捨て徳」と言っては、かなりなものをどんどん捨てた。

    平穏でなかった日本の激動期に、戦争の被害をモロニかぶった

    晴天の霹靂???のように、無一文になった、

    捨てて、、、捨てて、、、捨てながら、戦地から脱出したとき、

    最後に日本にたどり着けたときは、

    外科医の夫のために、しっかりと握り締めていた、「手術用はさみ」

    それでも、3人の子供は、戦場から帰国することはなく、死んだ。

    一番大切なものを失った母は、「物欲や名誉欲や、世に言う「欲」からは
    解放されていた。
    生活に余分なものは、捨てていた。

    音楽大学出身だけに、、、ピアノだけは、現役で80歳になっても教えていた。

    グランドピアノと、2台のアップライトのピアノは。未亡人になってから、

    ピアノ教室を主宰して、自分で買った。

    母は、、、多くのものを、捨てた。

    うらやましいほど、、音楽以外はほしがらなかった。

    日本の仕分け、、、もしかしたら、
                                                      脱出は、

    多くのものを、切り捨てないと、成り立たないのが、世代交代の混乱期。

    仕分けてゆく「美人の女性」に

    日本の現状を把握している人たちの緊張感が漂っている。

    美しい人ですね。チャーミングな、あのお方は、
    
    どのようなビジョンで、仕分けてゆくのかしら?、、、と、

    日本の立ち直れた未来のために、、、長生きして

    どんな日本が出来上がるのか?見とどけたいと願っています、