立憲民主党の耳を疑うような政治姿勢が報じられた。
報じられたのは、衆院予算委員会で9月29日に立民の末松義規議員が、10月17日には同じく立民の岡田克也幹事長がそれぞれ、大約「台湾への中国の武力侵攻が日本に重大な余波を持たらすので、政府は『台湾の独立不支持を明言せよ』と総理に迫った」ことである。さらに、両議員は背景として、末松議員はバイデン大統領が、岡田幹事長はブリンケン米国務長官が「台湾独立不支持を明言した」ことを挙げているが、ブリンケン発言は直ちにホワイトハウスが「国策は変更しない」と否定し、バイデン発言は「独立に関しては台湾自らが判断を下すこと」であり、あたかもアメリカ政権が台湾独立不支持転舵を明言したとするのは誤りである。
これに対して台湾は、「重大な内政干渉」と抗議するにとどまらず、「まるで中国外務省報道官の言」とあきれ顔と報じられている。
1938年、ヒトラーがチェコスロバキアの要衝ズデーテン地方の割譲を迫った際、イギリス・フランス・ドイツ・イタリア4カ国首脳による「ミュンヘン会談」で、宥和政策信奉者であるイギリスのチェンバレン首相が主導してドイツのヒトラーの要求を認めたという歴史がある。チェンバレンは「反共・平和主義・戦争準備不足」から要求をのんだとされており、会談を纏めたチェンバレンは平和を守った功労者と歓呼に迎えられて凱旋したが、わずか1年後の1939年にはドイツ軍とソ連軍のポーランド侵攻を招いて第二次世界大戦を誘発させた結果しか残さなかった。
Wikipediaの助けを借りると「宥和政策とは、戦争に対する恐れ、倫理的な信念、あるいは実用主義などに基づいた戦略的な外交スタイルの一つの形式で、敵対国の主張に対して相手の意図をある程度尊重する事によって問題の解決を図ろうとすること。危機管理においては、抑止の反対概念として理解される」と解説されている。
これを下敷きにして両議員の主張を眺めると、日本の安寧を保つために「自由主義国(台湾)を全体主義国(中国)に差し出すべき」で「形式的な一国二制度の下に迫害されるであろう台湾国民の厄災を容認」する立民の姿勢、とりわけ幹事長職という党の司令塔にある人物の主張であれば、立民の外交理念が「宥和主義」であることは明白であると断定しても良いのではないだろうか。
チェンバレンによる一連の宥和政策は、「ドイツに軍事力増大の時間を与え」、「ヒトラーに侵攻容認という誤ったメッセージを送った」もので近代における外交的判断の失敗の代表例として扱われている。
平和の党を自認する公明党とともに、反撃能力整備の防衛費増額に反対、在沖米軍機能の縮小(辺野古問題)、中韓の土地規制法を骨抜き、在留外国人に対する国政参政権容認・・・という一連を眺めと、立民の政治理念(宥和主義)はチェンバレン過誤の再演に類するように思える。
内治にあっては立憲共産党と揶揄される立民であるが、今回の主張からすると中国共産党立民支部との看板がより体を表しているように思える。
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