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士族の商法: 明治初期、特権を失った士族(1869年、版籍奉還に伴い、旧武士の家系の者に与えられた身分の呼称。)が、慣れない商売に手を出して失敗した事。急に不慣れな商売等を始めて、失敗する事の喩え。
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先日亡くなられた小林繁氏は、波乱万丈な人生を歩んで来た野球人の一人と言って良い。投手として絶頂期に在った1979年、「空白の一日」によってジャイアンツからトレードされるも、移籍先のタイガースで見事リベンジを果たす。しかし、それから4年後に突如引退を発表し、通算11年の現役生活に幕を下ろす事に。そしてそれ以降は「スポーツキャスター&タレントとして成功。→選挙に出馬するも落選。→近鉄バファローズの投手コーチとして活躍。→経営していた高級クラブ等が破綻し、莫大な負債を抱え、自己破産する。→ファイターズの二軍投手コーチ就任。→ファイターズの一軍投手コーチに就任するも、キャンプイン前に急死。」という感じで、「人生の後半は、辛い日々の方が多かっただろうなあ。」と同情の思いが湧いてしまう。*1
「一番辛かった事」というのは当人じゃなければ判らないけれど、想像するに「事業に失敗して、多額の負債を抱えた。」というのが一番辛かった事ではなかったろうか。様々な事業に手を広げていた小林氏。彼自身が知人に「帳簿の読み方も判らず、人任せにしていた事も良くなかったと思う。」と語っていたそうだが、こういった「貴方任せの商売」は先ず100%失敗するもの。それなりに知識が在る分野への事業参入で在っても貪欲に知識を吸収し、率先して自らが動かないと難しいというのに、未知なる分野への事業参入ならば余計の事それをしないと、「士族の商法」に帰結するのは自明の理だろう。
板東英二氏は、現役時代から様々な事業に手を出していた事でも有名。彼の場合は性格的に「100%貴方任せ」をしていた様には思えないけれど、それでも失敗したケースが殆どだったと言う。その他の野球人の事業を思い浮かべると、成功しているケースは余り無い様に思う。江川卓氏や掛布雅之氏も色々手を出していたが、悉く失敗したと言って良いのではないか。週刊誌報道等で見聞する限りでは、彼等の場合も「貴方任せの事業」ばかりと言われていた。
「引退したスポーツ選手の事業」で自分(giants-55)が「この人は凄いなあ。」と感じるのは、元WBA・WBC世界スーパーウェルター級チャンピオンの輪島功一氏。TV番組等では“御馬鹿キャラ”で売っている彼だが、現役時代の戦法といい、実は非常にクレバーな人と思っている。失礼な言い方になってしまうが、「“学問的なクレバーさ”というのは判らないけれど、“社会人としてのクレバー”さは光っている人。」と。
御存知の方も多いだろうけれど、彼は「だんごの輪島」という店を経営されている。実際の所は判らないけれど、だんごを売るというのは「ドカンと儲かる仕事というよりも、地道に小銭を稼いで行くという仕事。」の様に思う。一つの世界で大きな結果を残し、華やかな世界を一度は知ってしまうと、人は概して小銭を稼ぐ様な仕事はアホらしくなってしまい勝ち。けれど輪島氏は「現役時代は現役時代。引退後は引退後。」と、明確に自身の中で“線引き”を行ったのではないだろうか。こういう切り替えが出来る人って、本当に凄いと思う。*2
*1 ジャイアンツのOBでも在るというのに、自分が知る限りジャイアンツは公式サイトで彼の死に付いて全く触れていない。ジャイアンツにとっては「触れられたくない過去」なのかもしれないが、余りに冷た過ぎると思う。
*2 輪島氏はスポーツジムの経営もされているが、あくまでも団子屋を基軸に考えておられる様だ。
士族の商法: 明治初期、特権を失った士族(1869年、版籍奉還に伴い、旧武士の家系の者に与えられた身分の呼称。)が、慣れない商売に手を出して失敗した事。急に不慣れな商売等を始めて、失敗する事の喩え。
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先日亡くなられた小林繁氏は、波乱万丈な人生を歩んで来た野球人の一人と言って良い。投手として絶頂期に在った1979年、「空白の一日」によってジャイアンツからトレードされるも、移籍先のタイガースで見事リベンジを果たす。しかし、それから4年後に突如引退を発表し、通算11年の現役生活に幕を下ろす事に。そしてそれ以降は「スポーツキャスター&タレントとして成功。→選挙に出馬するも落選。→近鉄バファローズの投手コーチとして活躍。→経営していた高級クラブ等が破綻し、莫大な負債を抱え、自己破産する。→ファイターズの二軍投手コーチ就任。→ファイターズの一軍投手コーチに就任するも、キャンプイン前に急死。」という感じで、「人生の後半は、辛い日々の方が多かっただろうなあ。」と同情の思いが湧いてしまう。*1
「一番辛かった事」というのは当人じゃなければ判らないけれど、想像するに「事業に失敗して、多額の負債を抱えた。」というのが一番辛かった事ではなかったろうか。様々な事業に手を広げていた小林氏。彼自身が知人に「帳簿の読み方も判らず、人任せにしていた事も良くなかったと思う。」と語っていたそうだが、こういった「貴方任せの商売」は先ず100%失敗するもの。それなりに知識が在る分野への事業参入で在っても貪欲に知識を吸収し、率先して自らが動かないと難しいというのに、未知なる分野への事業参入ならば余計の事それをしないと、「士族の商法」に帰結するのは自明の理だろう。
板東英二氏は、現役時代から様々な事業に手を出していた事でも有名。彼の場合は性格的に「100%貴方任せ」をしていた様には思えないけれど、それでも失敗したケースが殆どだったと言う。その他の野球人の事業を思い浮かべると、成功しているケースは余り無い様に思う。江川卓氏や掛布雅之氏も色々手を出していたが、悉く失敗したと言って良いのではないか。週刊誌報道等で見聞する限りでは、彼等の場合も「貴方任せの事業」ばかりと言われていた。
「引退したスポーツ選手の事業」で自分(giants-55)が「この人は凄いなあ。」と感じるのは、元WBA・WBC世界スーパーウェルター級チャンピオンの輪島功一氏。TV番組等では“御馬鹿キャラ”で売っている彼だが、現役時代の戦法といい、実は非常にクレバーな人と思っている。失礼な言い方になってしまうが、「“学問的なクレバーさ”というのは判らないけれど、“社会人としてのクレバー”さは光っている人。」と。
御存知の方も多いだろうけれど、彼は「だんごの輪島」という店を経営されている。実際の所は判らないけれど、だんごを売るというのは「ドカンと儲かる仕事というよりも、地道に小銭を稼いで行くという仕事。」の様に思う。一つの世界で大きな結果を残し、華やかな世界を一度は知ってしまうと、人は概して小銭を稼ぐ様な仕事はアホらしくなってしまい勝ち。けれど輪島氏は「現役時代は現役時代。引退後は引退後。」と、明確に自身の中で“線引き”を行ったのではないだろうか。こういう切り替えが出来る人って、本当に凄いと思う。*2

*1 ジャイアンツのOBでも在るというのに、自分が知る限りジャイアンツは公式サイトで彼の死に付いて全く触れていない。ジャイアンツにとっては「触れられたくない過去」なのかもしれないが、余りに冷た過ぎると思う。

*2 輪島氏はスポーツジムの経営もされているが、あくまでも団子屋を基軸に考えておられる様だ。

「鰻屋」というのがそうですね。^±^ノ
もしくは「素人鰻」ともいいますね。
四民平等により士族の階級の廃止になり、それに困った侍が、儲かるからと言われて鰻屋の商売を始めるんですね。
で、金という料理人を雇うんですが、こいつが腕はたつが酒乱でどうしようもないんです。
で、金は酒を3年断って頑張るといった矢先に今日は特別祝い酒、ってなことになって店で大暴れした挙句、吉原へ行き馬を引いて(取立てのことですね)帰ってくるんです。その日は許したんですがそれが断片的にずっと続きます。仏の顔も三度までってなわけで、とうとう金も帰りづらくなっていなくなっちゃったんです。
お店は、酒乱になっては毎度心を入れ替え戻ってきた金の手捌きのおかげで皮肉なことに評判がいいんですよ。
で、思案の果てにこのお侍さん、「自分で捌く」ってなわけで鰻を掴もうとするもヌルヌルで掴めない・・・。糠をつけ、やっとこさ捕まえたのはいいんですが、手から鰻が逃げていく・・・。
店のおかみさん、「どこ行くの?」
で、このお侍さん。「それは前に回って鰻に聞いてくれ」・・・。
おあとがよろしいようで・・・。^±^ノ!
あ、ついつい一席やってしまいやしたが、とにかく士族の商法は、付け焼刃ではうまく行かない・・・てなお噺で・・・。^±^ノ