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小学校の卒業式で起きた或る事件がトラウマとなり、団地という狭
い空間から外に出られなくなった少年・渡会悟。中学校への登校を拒否した彼は、団地で友達を作り、恋をし、働き、団地の中だけで一生を過ごす決意する。しかし月日が経つにつれて、一人又一人と小学校時代の同級生は減って行き、最愛の恋人すらも彼の前を去ろうとしていた・・・。
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久保寺健彦氏の「みなさん、さようなら」は、幻冬舎主催の第一回パピルス新人賞受賞作。深川通り魔殺人事件が発生した1981年から、狂乱のバブル期を経て、神戸連続児童殺傷事件が発生した1997年迄の17年間を、団地内だけで過した渡会悟を描いている。十代前半から30歳迄、非常に狭い、閉ざされた空間だけで過さざるを得なかった彼。外部の変化を限られた友人の話、そしてTVからの情報で知るも、“今浦島”状態になって行くのは否めない。小学校卒業時点では同じ団地に107人居た同級生が、年々団地外へと去って行く。卒業から17年目、最後に残ったのは悟だけだった。
一定年齢以上の人にとって、「団地」は特別な存在だと思う。高度経済成長期に大規模な団地が次々と建設され、各々の団地内に一つの社会が構成されて行った。様々な年代の子供達が其処には居り、兄弟姉妹の様に集団で遊んでいる姿を羨ましく思った事も。しかし時代は流れ、施設が老朽化して行くと共に、団地内から子供達の姿が減っている。空き部屋も目立ち、高齢者の孤独死が稀では無い空間へと移り変わっている。
「時の流れと栄枯盛衰」、「少年期の性への目覚め」、「少年から青年へと変わり行く中での孤独と葛藤」等々、中年族にとってはほろ苦くも懐かしい感情を抱かせる作品だろう。
悟が団地外に出る事になったきっかけは、何とも遣る瀬無い。遅過ぎた自立と言えようが、心に響く物が在る。
総合評価は星3つとしたい。
小学校の卒業式で起きた或る事件がトラウマとなり、団地という狭
い空間から外に出られなくなった少年・渡会悟。中学校への登校を拒否した彼は、団地で友達を作り、恋をし、働き、団地の中だけで一生を過ごす決意する。しかし月日が経つにつれて、一人又一人と小学校時代の同級生は減って行き、最愛の恋人すらも彼の前を去ろうとしていた・・・。
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久保寺健彦氏の「みなさん、さようなら」は、幻冬舎主催の第一回パピルス新人賞受賞作。深川通り魔殺人事件が発生した1981年から、狂乱のバブル期を経て、神戸連続児童殺傷事件が発生した1997年迄の17年間を、団地内だけで過した渡会悟を描いている。十代前半から30歳迄、非常に狭い、閉ざされた空間だけで過さざるを得なかった彼。外部の変化を限られた友人の話、そしてTVからの情報で知るも、“今浦島”状態になって行くのは否めない。小学校卒業時点では同じ団地に107人居た同級生が、年々団地外へと去って行く。卒業から17年目、最後に残ったのは悟だけだった。
一定年齢以上の人にとって、「団地」は特別な存在だと思う。高度経済成長期に大規模な団地が次々と建設され、各々の団地内に一つの社会が構成されて行った。様々な年代の子供達が其処には居り、兄弟姉妹の様に集団で遊んでいる姿を羨ましく思った事も。しかし時代は流れ、施設が老朽化して行くと共に、団地内から子供達の姿が減っている。空き部屋も目立ち、高齢者の孤独死が稀では無い空間へと移り変わっている。
「時の流れと栄枯盛衰」、「少年期の性への目覚め」、「少年から青年へと変わり行く中での孤独と葛藤」等々、中年族にとってはほろ苦くも懐かしい感情を抱かせる作品だろう。
悟が団地外に出る事になったきっかけは、何とも遣る瀬無い。遅過ぎた自立と言えようが、心に響く物が在る。
総合評価は星3つとしたい。
それを食い止めるのは近隣の助け合いです。
昨日今日は各地の団地で納涼祭やら団地祭という行事が目白押しのはず。
我が団地も入居40周年とかでおっとは朝から駆け回っております。
>ひきこもり
私の弟は団地の中で役員をやる羽目になって家から引きずり出された元・ひきこもり青年です。
彼は他人との関わりは苦痛以外の何者でもないといいますが、「苦痛を感じられるのも生きてるからよ」と姉のわたしは突き放しております。
弟はおそらく「+壮年期」までかけて自立するかもしれませんが、老年になってもダメかもしれません。壮大なドラマにつき合わされるのは・・・ヤダなぁ(涙)
引き篭もりと言えば引き篭もりなのでしょうが、団地という狭い空間の中では結構自由に動き回っている主人公。「井の中の蛙大海を知らず」では無いですが、TV番組や友達の話等から“外部”の変化を見聞していた彼が、引き篭もりから17年間経って外部と接触する件には、一寸グッと来る物が在りました。本来は「幼少期→思春期」にかけて体験するで在ろう事柄を、彼の場合は「幼少期→思春期→青年期」とかなり遅い段階で体験した事になりますね。