我が国では年末&年始の食材を買い求める客でアメ横が溢れ返っていた昨日、海外から大きなニュースが飛び込んで来た。御存知の通り、イラクのサダム・フセイン元大統領が絞首刑に処されたというニュースで在る。
アメリカがイラク攻撃を決めた大義名分には個人的に疑問を持っているものの、独裁者フセイン元大統領に死刑が断行されたのは当然と考えている。1982年に中部ドゥジャイルでシーア派の住民148人を虐殺された事件で、その命令を彼が下したという事が「人道に対する罪」に問われ、その結果が今回の死刑に繋がった訳だが、その他にもクルド人虐殺等数多の殺害を命じて来たという事からすれば、もっと早く死刑に処されても良かったろう。
絞首刑台に上がる前、首に縄を掛けられるフセイン元大統領の顔には嘗ての猛々しさ&不敵さは無く、目も虚ろの様に感じた。あの時、彼の脳裏に去来していたものは一体何だったのだろうか?「それでも自分は正しい事をして来たのだ。」という思いか?はた又、他者の命を奪う事に良心の呵責をも感じなかった者が、いざ自分が命を奪われる側に立ってみて、初めて自戒の念と恐怖心を感じていたのだろうか?
人類が歩んで来た歴史には、これ迄にも数多の独裁者と呼ばれた人物が登場して来た。古くはガイウス・ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)やネロ等に始まり、ウラジーミル・レーニンやアドルフ・ヒットラー、ベニート・ムッソリーニ、ヨシフ・スターリン、毛沢東(夫人の紅青を含む所謂”四人組”も。)、金日成、ポル・ポト等々、幾つもの顔と名前が頭に浮かぶ。
自分がリアル・タイムで見聞して来た独裁者の中で、特に強く印象に残っている人物を挙げるとすれば、共に敵対する人間を次々に殺害し、その肉を切り刻んで冷蔵庫に保存して食していたと言われる”人食い大統領”のイディ・アミンとジャン・ベデル・ボカサの名前が先ずは浮かぶ。又、人民革命によって国を追われたフェルディナンド・マルコスも強く印象に残っているが、ルーマニア革命で失脚し、夫人と逃走を試みるも革命部隊に逮捕され、夫婦共に銃殺刑に処されたニコラエ・チャウシェスクの方がその衝撃の大きさも在って、より脳裏に刻み込まれている。
独裁者の末路は概して悲惨なもの。ニュースではフセイン元大統領の死に顔を映し出していたが、「あれだけ恐怖政治を敷いて多くの命を奪って来た人間でも、その体内から魂が抜け落ちたら、単なる”物”と化してしまうのだなあ。」と儚さを感じた。
19世紀の歴史家J・E・アクトン卿は、「権力は腐敗しがちなものだ。そして、絶対的権力は絶対に腐敗する。」という有名な言葉を残している。フセイン元大統領亡き今も、多くの独裁者が世界には存在している。”北の国の独裁者”は、昨日のニュース報道&映像をどういった心持ちで見聞したのだろうか・・・。
さて、2006年もいよいよ残り1日を切った。世間では色々在った1年だったが、我が身を顧みれば「とてつも無い幸福が舞い込んでも来なかったが、されどとてつも無い災いが降り懸かっても来なかった。」という1年で、恙無く自分や家族が日々を過ごせた(生かされた)事に感謝す可きなのだろう。
そして、中年のおっさんがグダグダと戯れ言や暴言を書き連ねているだけのこのブログを、多くの皆様方が懲りずに覗いて下さった事にも感謝の気持ちを表したい。
今年1年本当に有難うございました。来年も何卒宜しく御願い致します。良い年の瀬&年明けを御迎え下さい。
アメリカがイラク攻撃を決めた大義名分には個人的に疑問を持っているものの、独裁者フセイン元大統領に死刑が断行されたのは当然と考えている。1982年に中部ドゥジャイルでシーア派の住民148人を虐殺された事件で、その命令を彼が下したという事が「人道に対する罪」に問われ、その結果が今回の死刑に繋がった訳だが、その他にもクルド人虐殺等数多の殺害を命じて来たという事からすれば、もっと早く死刑に処されても良かったろう。
絞首刑台に上がる前、首に縄を掛けられるフセイン元大統領の顔には嘗ての猛々しさ&不敵さは無く、目も虚ろの様に感じた。あの時、彼の脳裏に去来していたものは一体何だったのだろうか?「それでも自分は正しい事をして来たのだ。」という思いか?はた又、他者の命を奪う事に良心の呵責をも感じなかった者が、いざ自分が命を奪われる側に立ってみて、初めて自戒の念と恐怖心を感じていたのだろうか?
人類が歩んで来た歴史には、これ迄にも数多の独裁者と呼ばれた人物が登場して来た。古くはガイウス・ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)やネロ等に始まり、ウラジーミル・レーニンやアドルフ・ヒットラー、ベニート・ムッソリーニ、ヨシフ・スターリン、毛沢東(夫人の紅青を含む所謂”四人組”も。)、金日成、ポル・ポト等々、幾つもの顔と名前が頭に浮かぶ。
自分がリアル・タイムで見聞して来た独裁者の中で、特に強く印象に残っている人物を挙げるとすれば、共に敵対する人間を次々に殺害し、その肉を切り刻んで冷蔵庫に保存して食していたと言われる”人食い大統領”のイディ・アミンとジャン・ベデル・ボカサの名前が先ずは浮かぶ。又、人民革命によって国を追われたフェルディナンド・マルコスも強く印象に残っているが、ルーマニア革命で失脚し、夫人と逃走を試みるも革命部隊に逮捕され、夫婦共に銃殺刑に処されたニコラエ・チャウシェスクの方がその衝撃の大きさも在って、より脳裏に刻み込まれている。
独裁者の末路は概して悲惨なもの。ニュースではフセイン元大統領の死に顔を映し出していたが、「あれだけ恐怖政治を敷いて多くの命を奪って来た人間でも、その体内から魂が抜け落ちたら、単なる”物”と化してしまうのだなあ。」と儚さを感じた。
19世紀の歴史家J・E・アクトン卿は、「権力は腐敗しがちなものだ。そして、絶対的権力は絶対に腐敗する。」という有名な言葉を残している。フセイン元大統領亡き今も、多くの独裁者が世界には存在している。”北の国の独裁者”は、昨日のニュース報道&映像をどういった心持ちで見聞したのだろうか・・・。
さて、2006年もいよいよ残り1日を切った。世間では色々在った1年だったが、我が身を顧みれば「とてつも無い幸福が舞い込んでも来なかったが、されどとてつも無い災いが降り懸かっても来なかった。」という1年で、恙無く自分や家族が日々を過ごせた(生かされた)事に感謝す可きなのだろう。
そして、中年のおっさんがグダグダと戯れ言や暴言を書き連ねているだけのこのブログを、多くの皆様方が懲りずに覗いて下さった事にも感謝の気持ちを表したい。
今年1年本当に有難うございました。来年も何卒宜しく御願い致します。良い年の瀬&年明けを御迎え下さい。
いつも有難うございます!
こちらのブログでも触れられていますが、
本当にたくさんの方々が旅立たれた1年でしたネ。
私に多大な影響を与えた方、高潔な魂を持った方、
その死を惜しまれる方の多さに哀しみも募りました。
その一方で、蛇蝎の如く嫌われる人の死も目立ちました。
どんな人間、どんな人生でも命は命なのですが、
命、生きることについて考えさせられた1年でもありました。
何の為に生まれ、生きるのか?
giants-55さんの文章から読み解く事もしばしばでした。
本当に感謝しています。
来年もよろしくお願い致します。
では、良いお年をお迎え下さいませ〆
彼のために湾岸戦争以降だけでも何十万ものクルド人の一般市民が虐殺されてるのだから・・・
クウェートに侵攻した際なんか筆舌につくしがたい略奪暴行がおこなわれてます。湾岸戦争、イラク戦争にたいして日本人は批判的ですがフセイン政権の悪行からして如何に危険な存在であったかも考えるべきです。
今年はgiants-55様の素晴らしいブログと巡り会え幸運でした。来年もヨロシク。
記事の件については、これまでの背景など勉強不足なので恐縮ですが、今回の裁判が本当に公平に平等になされたかは、少々疑問を感じます。やはり、○○派とかいうのが絡むと、どうもそれぞれの思惑が垣間見えて、見せしめ的な処刑のように感じるのも否めません(とはいえ、もちろん、今回の死刑判決自体は支持するものだと思っておりますが...。。。)
さて、当方のブログへの年末のご挨拶、ありがとうございました。私はgiants-55さんのこのブログが、一番のお気に入りです。読んでいて非常に楽しい!(年齢的にも記事のネタが合うのかもしれません(?))
コメントはたまにしか書き込んでいませんが、書き込まなかった記事でも、「そうそう」とか「わかるわかる」「なるほど!」など、毎日が発見で新鮮でした。
そんなわけで、来年も楽しみに拝見させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。今年一年、ありがとうございました!
迅速に刑を執行するよりも、フセインから聞き出すべきことがまだたくさんあったのではないかとも思います。
もうすぐ一年が終わりますね。
こちらこそ大変お世話になりました。
今年3月のWBCの記事に初めて書き込みをさせていただいて以来、たびたびコメントさせていただくようになり、その都度丁寧なレスを頂き感謝しています。
同じ巨人ファン、手塚ファンということで意気投合する(勝手にこんなことを思っています)一方で、当然ながら考え方の異なる面もありました。
でもそのような場合も穏やかにでもしっかりとしたご意見を頂き、私としてもとても勉強になりました。ありがとうございました。
来年もどうぞ宜しくお願い致します。
果たしてどちらが幸福なのか?
アタシは答えが出せません。
それはともかく多数コメント戴き、ありがとうございました。
来年もどーぞよろしくです!
アメリカにその資格があるかどうかが問題になりますが選挙によって選ばれた政府であります。歴史上、米軍ほど一般市民の犠牲に気を遣ってる軍隊はありません。
では米軍以外にクルドの人々への虐殺を誰が止めることができたのでしょうか?
フセインに虐殺された人達やその遺族の気持ちを考えると、日本人のこの件に関する話は自分達だけ安全ならそれで良いって言ってるように聞こえます。
来年もぜひ参考にしたいと思っています。
又よろしくお願いいたします。
良い新年をお迎えください。
今回フセイン元大統領が死刑に処されたのは、「シーア派住民148人を虐殺した事が、人道に対する罪に当たる。」という事でのもの。”形の上では”イラク戦争に関する事柄では裁かれなかったし、裁判もイラク国民が行なったという事で、アメリカの影響は排除される形になっています。まあ実際には、アメリカの影響を色濃く受けているのは暗黙の了解では在りますが。
個人的にはフセイン元大統領の死刑は当然と思っている一方で、アメリカによるイラク攻撃に対して100%の賛成を寄せる事が出来ないといのが自分の偽らざる思いです。結果的にフセイン元大統領を排除する事となり、イラクから恐怖政治と更なる虐殺の芽を取り除いた(この辺はアラメイン伯様の御意見と同じなのですが。)のはアメリカの功績と言えなくはないでしょう。しかしながら、マヌケ様も書かれている様に「アメリカの正義」なるものに、どうしても彼等の利益が優先、否、最優先されている様に思えてならないのです。
「歴史上、米軍程一般市民の犠牲に気を遣ってる軍隊は無い。」というのも、割合近年に於いてはそうなのかもしれませんが、しかしでは「日本に投下された原爆はどうなのだろうか?」という面で自分は疑問を覚えます。「日本に原爆を投下してアメリカ軍の圧倒的な戦力を見せ付けた事が、結果的には敗戦を日本に受け入れさせた。あのまま戦争を続行していたならば、より多くの犠牲者が出たのだから、あれは正しい選択だったのだ。」という意見も耳にしますが、この意見には賛否両論在ります様に、原爆投下に対する考え方によっては「米軍が”一般市民”の犠牲に気を遣っていた軍隊」というのにも異なった考えが出て来るでしょうね。
帆印様は御子息共々に年男に当たられるとの事で、今年が昨年以上により良き年になると良いですね。
P.S. 帆引様のブログの方にレスを付けさせて戴こうと思ったのですが、又しても書き込み出来ませんでしたので(ブランクに文字入力が出来ない状態でした。)、失礼ながらこちらに書かせて戴きました。