ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

自閉症を巡る話

2005年02月02日 | 教育関連
一昨日、日本テレビ系列の番組で、自閉症の子供を抱えた家族の姿を取り上げていた。帰宅時間が遅かった為、途中からの視聴であったが、障害を抱えた子供に苛立ちと焦りを感じながらも、愛する子供と共に必死に生きて行こうとする家族の姿が強く印象に残った。

番組の締めのナレーションは、「息子の為ならどんな所へでも体当たりして行く父親。そして、我が子と共に、強く、逞しくなって行く母親。それは、確かに素晴らしい事に違いはありません。でも、それで本当に良いのでしょうか?一番苦しんでいる筈の家族に、そんな思いをさせておく社会で本当に良いのでしょうか?社会とは、私達一人一人の集合体の事。その社会で、もっと普通に、もっと頑張らずに、彼等が生きて行ける道がきっと在るに違いない。」というものだったが、障害に対する無理解から来る偏見&差別に苦しむ家族達の心情を、的確に表現していたと思う。

そんな余韻が冷めやらぬ昨日、こんなニュースが載っていた。この教師の行為をとんでもない事だ!と非難する事は容易だ。決して許される行為ではない。しかし、この教師と同じ行為を成さないという自信が、自分に絶対に在るとも言い切れないのも事実。出来るだけ健常者と分け隔てなく接したいという思いが強く、その思いが強くなり過ぎて、その子が障害を負っているという事実がすっぽりと抜け落ちた瞬間が在ったとしたら。指示に従わずに騒ぎ立てる子供に、自分も同じ事を成さないと言い切れないのだ。

一昨日の番組に登場した家族の一組は、父親が外科医だった。障害を抱えた愛する我が子を何とかして(中学の)一般クラスで学ばせたいと、必死に学校に訴え掛ける。その熱意に打たれて、学校側は先ずは一般クラスで共に給食をとる事を認める。英断だと思う。だが、穿った見方をすれば、父親の職業が、学校側の英断を後押しした側面が在るのではないかと。もしも、父親がしがないサラリーマンであったならば、学校側はこれ程迄に真剣に取り合ってくれただろうか?障害を持った子を引き受けて問題が発生したとしても、病に理解のある医者の父親ならば面倒な事は言い出さないだろうという学校側の思いが全く無かったと言えるだろうか?もし、そういった思いが学校側に在ったとしたならば、それは又差別と偏見と言えるだろう。(こういう想像をしてしまう自分自身も、差別と偏見を持っていると言えるのだろうが。)

障害を持った子を抱える親達が、”そんなにも”頑張らなくて良い社会が到来する為には、不条理な差別&偏見を出来るだけ減じさせる必要が在る。その為には、必要以上に現実を美化したり、感動を強いたりする報道ではなく、今回の様に淡々と現実を報じる番組の存在が必要不可欠なのではないだろうか。
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15 コメント

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ありがとうございます (DAI@夜の戯れ言)
2005-02-02 05:08:07
giants55さん、ありがとうございます。こうやって、ブログで取り上げて下さる方がいるだけで、障害児に携わる人間はとても、勇気づけられます。本当に、自分なんかがありがとうございます、というのもおかしな話ですが、とても嬉しいのです。ありがとうございます。本当に、ただそれだけです。
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想像してごらん・・・byジョン (餅きなこ)
2005-02-02 10:51:55
 きなこも少しだけその番組を見ました。偶然ですね。

 「こういう想像をしてしまう・・・」ってありました

が、前に、寂聴さんの本を読んだときに

  「とにかく想像力をないと

     相手の悲しみや苦しみがわかりません」 

って言葉がありました。

 想像しないと理解できないこともあるので、ある意味

そこまで想像できるなんて、ば○こう○ちさん、そうとう

本読んでますね?あるいは、ニュースを見てますね?
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私も見ました (きままです)
2005-02-03 00:01:22
こんばんは。私もこの番組を見てショックを受けた1人です。本当に、社会が弱者を支えれる仕組みが必要だなあと感じました。

前に聞いた話ですが、「昔は貧乏な人が多かったので教育や福祉は当然国がすべきだったが、今はみんなが中流で、生活ができない人はほとんどいないから、教育や福祉は国が一定水準の基準を維持する必要がなくなっている。この考えから、地方分権・三位一体の改革はスタートしている」と聞きました。

今後、教育や福祉が地域にまかされるようになり、確かに高い水準の地域もできるのかもしれないですが、全くない地域もでてくるのではないか?

社会から認知もされていないような障害等をもっておられる方々は、社会から放り出されるようなことが起きてしまうのではないか?とちょっと危惧してしまいました。
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Unknown (プーチパパ)
2005-02-03 00:09:53
障害児をもつ親御さん方が、明るく元気でいられるのを見るにつけ、感動を覚えます。

障害を受け入れて、より強く生きていられる姿は頭が下がります。

障害者も自律して生きていけるような、暖かい社会であって欲しいと望みます。
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>きままです様 (giants-55)
2005-02-03 04:29:16
初めまして。書き込み有難うございました。



基本的に、書き込みして下さった方のブログへ、直接レスを付けさせて戴く形を取っているのですが、貴ブログが見当たりませんでしたので、こちらに書き込む失礼の段を御許し下さい。



戦後の物資が乏しい時代からすれば、生活水準は比べ様がない程上がった日本。でも、心の豊かさはどうなんだろうと思う事がしばしば在ります。自分達と異なった存在を排除し、さも見えていない様に振舞う。そんな社会が本当に先進国と言えるのか疑問を感じます。



「資本主義国家とはそういうものだ。」とか、「理想と現実は噛み合わないものだ。」という声も在るでしょうが、それでも理想を追い求めたい自分です。理想をなくしてしまったら、夢も未来も抱けない殺伐とした世の中になってしまうと思うからです。



全ての人が”普通に”生活出来る社会を作る為には、国が全てを負うのか、それとも、地方分権化を推し進めて地方自治体に全て乃至は一端を負わせるのがベストなのか、難しい要素を含む問題では在りますが、非常に重要な問題でもありますので、安直且つ丸投げ的な結論にするのだけは避けて欲しいと思っています。



これからも宜しく御願い致します。
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難しい・・・ (ふうてんの猫)
2005-02-08 00:52:04
この問題、とても難しいですね。



障害のある人も、ない人も同じように生きていければいいのですが、実際には難しいと思います。



ご紹介くださった教師の件にしても、ドアを閉めた結果として、子供が飛び降りるということを予想できなかった可能性はありますし、そうであればこそ、学校側は受け入れにしり込みをしてしまうのだと思います。



いつも思うのですが、教師の方々などの英断や努力はあまりほめられずに、事件になるとみんなで叩く、そんな状況では、リスクをとって、障害のある人を受け入れられないように思います。(だって、普通の子が二階から落ちてもニュースにならないですよね)



学校側と親の間で、じっくり話し合って、一歩づつ進んでいけるのは、とてもよいし歓迎したいと思いますが、きっと精神に障害のある人を教育していくには、教育者にも特別な訓練が必要でしょうし、何かあればすぐに学校や教師の責任にする風潮では厳しいと思います。



結局、政府や公共や学校の責任にしても、それをコントロールしている社会の側がそうした社会を作るリスクと責任とコストを担う覚悟がなければできないだろうと思いますし、私たちが責任を誰かに押し付けているうちは変わらないだろうと思います。

でも、変えていきたいですね。
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初めまして。 (chica)
2005-02-14 18:16:56
挨拶遅くなりましたm(_ _)m

先日はトラックバックを頂きありがとうございます^^

私はアスペルガー(自閉症スペクトラムの部類)の当事者です。



私はその報道は見ていないのですが、確かに現実を美化したり、感動を強いる報道より、今回のようにありのままの現実をそのまま報道してくれたほうがいいという意見に同感です。







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すみません (oumo)
2005-05-24 20:57:07
 すいません。だいぶ時間が経っていますね。

 たまたま見つけました。以前中学校で働いていたので、ちょっと気になって書いてみました。

 去年中学1年生の担任をしていました。そのクラスに四肢の障害を持った生徒がいました。

 小学校の6年間は普通学級で、なにも問題がなかったそうで、それなら大丈夫と思っていたところ、問題だらけでした。

 何が問題なのかは、守秘義務がありますのでいえませんが、普通学級に障害を持った生徒を受け入れるのは生半可な気持ちではできません。

 担任がその生徒に付っきりにならないとうまく学校生活できない状態の生徒を普通学級に通わせることがこの子にとってよいことなのでしょうか。

 足と手が不自由なんです。介護する人もいません。手助けしようとする生徒がいるならまだしも、逆にいじめられているのです。

 このような状態で担任一人でなにができるのでしょうか。

 学校は親の希望 生徒の希望通りにやってくれます。それが、良くないことでも。

 行政が一人の生徒のために、お金を使ってくれたらいいのですが、教育委員会や校長先生のあたまには、そんなことはあまりないみたいで、結局は一人でやらないといけなくなってしまって。

 今その生徒は特殊学級に通っています。僕が親と本人と何度も話し合いをして、本人に今何が必要なのかを考えると、普通学級に無理して通わすより、特殊学級で、自律できるための能力を鍛えたほうが良いと判断しました。

 生徒の将来を考えるとそれが一番だと思いました。

 本当にそれが良かったのかと今でも考えます。

でも、学級崩壊状態のクラスにこの生徒を入れて、いじめられ、辛い思いをさせたくなかった。

 難しいですね。
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>oumo様 (giants-55)
2005-05-25 01:32:38
初めまして。書き込み有難うございました。



基本的に、書き込みして下さった方のブログへ、直接レスを付けさせて戴く形を取っているのですが、貴ブログが見当たりませんでしたので、こちらに書き込む失礼の段を御許し下さい。



実際に現場で働かれていた方の御意見は非常に貴重です。自分が幾ら偉そうな事を書いた所で、所詮は外野かの意見に過ぎないからです。御立場的になかなか発言し難い部分が在ったと思いますが、感謝に堪えません。



理想論から言えば、皆等しく同じ環境で育てるというのは在ります。でも、現実論で言えば、幅広い協力体制無くしては無理だと思います。特に学校の長である校長が何処迄腹を括れるか、そして、保護者の理解を何処迄取り付けるか、そこに掛かっているのではないかと、外野の身で考えます。



一寸喩えは違うかもしれませんが、皆が皆同じ夢を追い駆ける必要が無い様に、環境も子供達に最も適した中で育てて行くのが、真に子供達にとって幸せなのではないかなあと思ったりもします。



結果的に、その選択がその子にとって本当にベストだったのかどうかは、その子が大人になって、否、もしかしたら年老いて死の床に就いた時に、自分の人生を振り返ってみてどう思うかという所迄行かないと結論が出ない話なのかも・・・。



これからも宜しく御願い致します。
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そうですね (oumo)
2005-05-25 22:06:33
 こんばんは ブログは個人を特定される恐れがあっ て、今回は遠慮しました。ご了承下さい。

 昨日、初めてこのブログを拝見し、意見が一致する ことが多く、また、参考になることがかなりあるの で、ここで、自分の考えを公にしてもいいかと思  い、かなり、悩んだのですが、3度目の正直で投稿 ボタンをクリックしました。



 学校の仕事は辞めました。



 先生はスーパースターじゃないです。

 なんでもできるわけないじゃない。



 ただ、大学で教育の知識だけ教わって、実践する能 力もなく現場で働いています。

 だから、多くを求めてしまうとパンクしてしまいま す。



 実際、私は、能力もなく、根性もなく、耐えること ができなくて、不登校教員になりました。弱いんで す。

 子どもたちに良い教育をしたいと思っても、うまく できなくて、授業さえまともにできない状態になっ てしまって。



 こんな人間が、次代の国を背負う人間を育てていく ことが、できるわけないと思い、辞めました。 

 辞めてよかったと思っています。



 実際の現場では、理想だけでは絶対にやっていけま せん。非難されることを教員が起こしているのは事 実です。頑張っている先生を多くいることを知って いただいて、お互いに子どもたちにとって何ができ るのか検討していけたらいいなと思います。



 親も地域も教員も行政もバラバラでは子どもたちが 可愛そうです。みんなで、協力して、良い環境と良 い教育を与えることができたらいいなと。

 

 これからもよろしくお願いいたします。

 あっちなみに最近少ないジャイアンツファンです。

 
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