風色明媚

     ふうしょくめいび : 「二木一郎 日本画 ウェブサイトギャラリー」付属ブログ

歌っているのはオルネッラ・ヴァノーニだよ

2024年06月21日 | 随想
1972年にNHKで全5話が放送された
イタリア・フランス・スペイン共同製作のテレビドラマ「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯」
哀調を帯びたテーマ曲の歌が、ずっと頭の片隅に残り続けてきました。

レオナルドを演じたフィリップ・ルロワの訃報を知ってすぐに YouTube でドラマを観てみましたが
その曲が流れ始めた途端、あまりの懐かしさに胸が詰まる思いがありました。

曲名は「Muovesi l'amante」

読み方をカタカナ表記すると「ムォヴェシ ラマンテ」でしょうか。
直訳すると「恋人が動く」となります。


とても気に入っていた歌にもかかわらず、私はこの歌について調べることはなく
誰が歌っているのかも知りませんでした。
ドラマのために当時の作詞家・作曲家が書き下ろしたものだろうと漠然と考えたものの
歌い手までは関心が行きませんでした。

何年か前、誰が歌っているのか教えてくれたのは、イタリア在住の友人の画家 新開志保さんでした。

「歌っているのはオルネッラ・ヴァノーニだよ」

それより10数年前、すでに新開さんからオルネッラのことは教わって知っていましたが
このドラマのテーマ曲のことは話題に出なかったので
「まさか、オルネッラだったとは!」と驚き、ちょっと不思議な縁のようなものを感じたものでした。


今回、改めてドラマのエンドロールをチェックしてみると、確かにありました!



La vida de Leonardo Da Vinci (Documental, Español, 1971) 
ドラマ「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯」スペイン語版映像より引用


レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉による歌
歌:オルネッラ・ヴァノーニ




YouTube に、この歌が流れるドラマのエンドロールを抜き出した動画があります。
Song from Leonardo da Vinci - YouTube




オルネッラ・ヴァノーニ(1968年) ウィキペディアより引用


オルネッラ・ヴァノーニは、1934年ミラノ生まれで、当年とって89歳!
イタリアン・ポップスの代表的な女性ヴォーカリストです。
スケール感のある歌唱力、ムーディな声質が特徴で
今でも時折聴いている大好きなヴォーカリストです。

BS日テレの番組「小さな村の物語 イタリア」のテーマ曲「L'Appuntamento(逢いびき)」が
オルネッラ最大のヒット曲ですが、他にも素敵な曲がたくさんあります。



オルネッラのアルバム「CANZONI DA FILMS(映画の歌)」にもこの歌は新たな録音で収録されています。
Ornella Vanoni - Muovesi l'amante (La canzone di Leonardo) - YouTube


そこで、初めてこの歌のことを調べてみました。
調べて行く内に、ネットで「Leonardo e la musica(レオナルドと音楽)」という一文を見つけましたが
イタリアのサイトでイタリア語で書かれていますので、我がイタリア語の師匠の新開さんに翻訳をお願いしました。

筆者はミラノ大学の音楽史家ダヴィデ・ダオルミ Davide Daolmi。

それによると、レオナルドの手稿の一つ「トゥリヴルツィアーノ(トゥリヴルツィアヌス)手稿」に書かれている詩の一部を抜き出し
ドラマの音楽担当だった作曲家のローマン・ヴラドが作ったものだそうです。


Muovesi l’amante per la cosa amata
Se la cosa amata è vile,
l’amante si fa vile.
Quando l’amante è giunto all’amato,
là si riposa.
Quando il peso è posato, Qui si posa.



翻訳サイトで訳すこともできますが
とても日本語とは思えない日本語になって出てくることも多いので
新開さんに訳していただきました。


愛するものに向かい、人は進む
もし、その対象が価値の無いものなら
それを愛する者も、価値の小さな存在になる
人は、愛するものにたどり着いた時、休息する
重荷が取れた時、そこで休息することができる


ドラマの中で、晩年のレオナルド自身が穏やかに歌うシーンがあり
傍には、弟子のサライとフランチェスコ・メルツィら数人が寄り添っています。

レオナルドが歌うシーン - YouTube


レオナルドは自身の人生を振り返っているのでしょう。
自分が本当にやりたいことを一途に追求してきた。
それが価値のないものなら、自分の人生も価値の小さなものになる。
追求し続けたものに到達できれば、安らかに休むことができる。
そういう想いを込めたものでしょうか。
レオナルドは次のような言葉も残しています。

充実した1日が幸せな眠りをもたらすように
充実した人生は幸福な死をもたらす。




レオナルドの生涯は波瀾万丈でしたが、最後はフランス国王フランソワ1世の庇護のもと
アンボワーズで穏やかな日々を過ごしたようです。
ですが、彼の波瀾万丈は死後も続きました。

レオナルドの墓は現在、アンボワーズ城の一角にあるサン・チュベール礼拝堂にあります。
私も訪れたことがありますが、高台にある城を囲む崖から半分飛び出るように建てられている
小さいながらも、とても端正な姿のゴシック様式の礼拝堂です。



サン・チュベール礼拝堂 Chapelle Saint-Hubert ウィキペディアより引用


レオナルドが葬られたのは、記録によると、彼の希望もあってアンボワーズ城内のサン・フロランタン教区教会でした。
その後、この教会は戦乱に巻き込まれて破壊され、遺骨は行方不明になったそうです。
1874年、レオナルドの遺骨の一部が発見されたといい、サン・チュベール礼拝堂に安置されたのですが
明確にレオナルドの遺骨だと確認されたわけではないようです。

ドラマの最終話(第5回)のラストでは、荒らされた教会から集められた数多くの遺骨が
新たに掘られた大穴に投げ入れられて埋められるシーンがあります。
それを眺めながら、ジューリオ・ボゼッティ演じる解説者が、最後にこう締め括ってドラマは終わります。

「歴史上稀に見る大天才レオナルド・ダ・ヴィンチ。彼がこの世を去ってから、もう450年以上経ちました」

何を置いても観ずにはいられなかったドラマが終わってしまうことに泣きそうになったことを覚えています。
あれから50年が経ちますが、願わくば、最初に放送されたそのままの状態を
できればデジタル・リマスターして、再放送して欲しいものです。


最後に、イタリア語の翻訳などでご協力いただいた新開志保さんに御礼申し上げます。
新開さんも10年ほど前に、ドラマのDVD購入を機に記事を書いておられますので、そちらもどうぞ。

 n.1 レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯 ・ DVDから 
 n.2 レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯 ・ DVDから 



------------- Ichiro Futatsugi.■


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 追悼 フィリップ・ルロワ | トップ | 新開志保 & ミノヨシコ 二人... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (shinkai)
2024-06-28 04:34:18
こんばんは! いつもの様に遅くなっての参上で、申し訳ありません。

今回は、何度も私めの名が出て、さもイタリア語の専門の様なご紹介で、小さく、体が縮む様な思いで拝見いたしましたです。

到底到底、このレオナルドの残された詩というのか、その想いの詰まった言葉は、訳すのに一体どの様に訳すのが適切なのか、こういうのが私には正直分かりかねる所で、

何かを調べる為に読むのであれば、その儘訳せば良い、というのとは違うのが、大いに困る所で、
拙訳をお許し願います。

でも、本当に懐かしいドラマでした!! 私もフィリップ・ルロアが亡くなった、というニュースの後、DVDを改めて見直しました。

歴史的にも調べ上げ、ただレオナルドだけでなく、その時代の周辺事情も語られており、改めて、本当にしっかり作られた記録ドラマだったことが分かります。

そしてなぜかドラマの中で、
レオナルドはあれだけの研究をし、様々な仕事をし、有名な主の下でも働き、素晴らしい名声を得、有名になったものの、
本当に彼自身は幸せを感じたのだろうか?と尋ねている様に感じたのでした。

時代が変わるたびに、フィレンツェ、ミラノ、そしてローマからヴェネツィアに、と働き場所を探して動き、
最後はフランソワ2世に迎えられ、厚遇の下で亡くなったものの、
彼自身は、何かもっと大きな自分の仕事の成功を求めていたのではないか、
それが彼にとっては、一番の幸せを感じる物だっただろうに、という様な、‥それを感じたのでした。

彼が考え出した様々な発明は、なぜ上手く機能しなかったか、というのは、
当時はあれだけの物を動かせる動力が不足していた、物質的に無理だった、という様な、
つまりは早く生まれ過ぎた天才、と言われますね。

残された絵も少ないのは、完璧さを求めすぎて、なのか、
絵よりも他の研究の方が奥深く、興味があったのか、その辺りにも思いが行きました。

**

まるで別件ですが、途中で拝見したオルネッラ・ヴァノーニの顔写真に驚きましたぁ!

いやぁ、私が知った時には既にかなりの大ベテランのお顔と評判で、ああいうお若い時の生の顔、とは変な言い方ですけど、には驚いたのでしたぁ。

変な言い方かもですが、フィリップ・ルロアの亡くなったニュースのお蔭で、
改めてレオナルドの人生、単なる作品の批評などではなく、実の人生にも思いを馳せ、あの素晴らしいドラマを再度見るチャンスがあった、というのは、
良かったと思いました。
これも、演じてくれたフィリップと、あの進行役のすっきりの方、そしてRAIの企画、監督のお蔭ですね。
皆さんのご冥福を祈ります!!
返信する
Unknown (二木一郎)
2024-07-01 17:01:08
shinkaiさん、こんにちは!
お返事が遅くなりました!

私のようなイタリア語初心者は、説明文のようなものだったら翻訳サイトを使えば済みますが
詩のような表現性の高いものは、機械的に直訳しただけでは???
そうなると頼りになるのは、生きたイタリア語に日々囲まれていらっしゃるshinkaiさんです。
私の間違いを何度も指摘していただいていますし、新たな言い回しを知るのも楽しいものです。
やはり、本とか動画などでは分かりにくいことを質問できることがありがたいです。



レオナルドのドラマは、作られてから50年経った今でも、とても出来の良い上質な作品だと感じます。
レオナルド以外の登場人物のことも丹念に調べ上げ、時代背景も入念に考証していることが分かります。
この50年の間に、間違いや新発見がいろいろあると思いますが
それでも、何ら色褪せることなく現代人の鑑賞に耐えられる完成度を持っていると思います。

演じる俳優陣も、フィリップ・ルロワをはじめ、見た目も本人の雰囲気に合わせて選ばれていますね。
主役級以外で私が特に印象に残っているのが、ミラノ公ルドヴィーコ・イル・モーロです。
何点か残されている肖像そっくりで、タイムマシンで本人を連れてきたかのようでした。


レオナルドの業績を支えたのは、才能と言う以前に、類い稀な旺盛な好奇心だと思います。
あれほど様々なジャンルに関心を寄せることができたのは驚異的です。
仕上がった絵画作品が少ないのは、絶えまない新発見や蓄積される知識、急速に進化を遂げる感性のせいで
描き始めの構想とは違うイメージが次々と浮かび、途中で断念せざるを得なかったものが多かったのではないかと思います。
世界一有名な「モナリザ」も、何度か大幅に加筆していることが最近の研究で分かってきたようですし。
結局、やりたいことを形にするには、67年の生涯は短すぎたのでしょうね。


イタリアの女性ヴォーカリストは、オルネッラ・ヴァノーニ以外はほぼ知らないのです。
良い人を教えてもらったと、shinkaiさんには感謝しています。
現在89歳ですから、新たなレコーディングは無理なんでしょうね。
ドラマの歌を担当したのは30代後半で、有名な「L'Appuntamento」と同時期だそうです。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

随想」カテゴリの最新記事