鬼怒川の氾濫や渋井川決壊により被害を受けたばかりですが、70年近く前にカスリーンという台風が戦後の関東・東北に大雨・大災害をもたらしました。今回は序の口でそう遠くない未来東京都心を襲うかもしれません。隅田川、荒川、中川などは防波堤が生命線で今回のように決壊すれば東京低地はあっという間に濁流に飲み込まれてしまいます。危険が予見される地域は何らかの規制が必要かもしれません。筆者ならゼロメートル地帯にはとても住む気がしませんね命が有っての物種です。
以下コピー カスリーン台風とは、1947(昭和22)年9月14日~15日に紀伊半島の南海上を北上して北東に進路を変え、15日夜房総半島南端をかすめて16日に三陸沖へ進んだ台風で、豪雨による甚大な被害をもたらした典型的な“雨台風”として知られる。
台風は、日本に接近したときは衰弱しており強風による被害は少なかったが、台風の影響で日本付近に停滞していた前線の活動が活発化し、関東地方と東北地方に大雨をもたらした。
とくに関東南部では、利根川と荒川の堤防が決壊し、1都5県(群馬、埼玉、栃木、茨城、千葉、東京)にまたがるわが国最大の流域面積の利根川流域で死者1100人、家屋浸水30万3160戸、家屋倒半壊3万1381戸の甚大な被害となった。
上流域山間部(支川・渡良瀬川最上流部の足尾から渡良瀬遊地)の土石流災害、扇状地急流河川による洪水土砂災害、大流量となる中流域の破堤災害(最大の死者・行方不明者を出した群馬県桐生市、栃木県足利市地域)、さらに埼玉、東京の沖積平野の氾濫(埼玉県東部から東京都江戸川区に至る中川流域)のように、多様な災害形態が発生した。
関東以外でも東北地方で北上川の氾濫により大災害となったが、利根川では河道の付け替えによる人為的行為(利根川東遷事業)が特徴として顕著だった。
カスリーン台風災害要因として、流域に固有な地質・地形条件と、利根川東遷という人為的な行為に特徴がある。これは首都圏での大規模水害の潜在的な特性であり、今日の首都圏で氾濫すれば、カスリーン台風当時とは比較を絶する激甚な被害が想定される。