おまけの時間

仕事に追われて過ぎゆく日々の“しおり”として。

アイ・アム・レジェンドに「う~ん」

2008年01月03日 21時57分16秒 | 本の紹介
久しぶりに妻と映画を観にいくことにしました。
公開中のものからすると、やはり「アイ・アム・レジェンド」でしょう。

ということで、六本木バージンシネマのプレミアシート狙い…
でしたが、プレミアシートではやっていない。
残念。年の初めは豪華にゆったり観たかったんだけどな~。

そんなわけで、変わったところに行ってみたい気分になり
「新宿バルト9」に行ってみました。

「新宿バルト9」の感想は…意外と狭い。
新しいのできれいではあるが、やはりパルコ上の映画館だけあって限界かな。


さてさて、肝心の「アイ・アム・レジェンド」
なかなかスリル満点の映画でした。

【以下、ネタバレ含みます】



単なるSFと思って観にきた人も多かったらしく、あちこちで「怖い映画だったんだ…」なんてつぶやきも聞こえました。

SFとしての設定は面白かったです。さすが3度も映画になるだけあります。
ただ、最近の流れなんでしょうか、特撮部分に力が入っていて、
ストーリーで深く掘り下げてほしい部分が物足りなかったなぁ。

感染爆発事件後のNYの混乱とか。
感染した人間の知能のことだとか。
生き残りの村の背景だとか。

映画「バイオハザード」などが当たっているから、
どうしてもそっちの方向に流れてしまうのかな。


なんか、原作はもっと深みがありそうな感じがしたのでハヤカワ文庫の小説も買ってみました。


今は映画に便乗してタイトルも「アイ・アム・レジェンド」になってます。
もともとは「地球最後の男」

内容はかなり違います。
主人公は科学の知識をあまり持っていません。
そんな中、必死にアンデッドをアンデッドたらしめている原因を探ります。
一番大きな違いは、小説では主人公の内面、心理描写が主で、
アンデッドに襲われる恐怖が少ないということでしょうか。
彼はアンデッドになった妻を殺してしまった心の傷を引きずります。

そして、アンデッドにも2タイプあるという展開。
知能を有したまま感染することで、死を変容させている新たな社会。
その社会によって処刑を受けることになる「地球最後の男」

映画では女性と子供が現れて彼の希望となりますが、
小説で登場する女性の役割はもっと心情的に複雑なものになります。


映画でも小説でも最後は
「アイ・アム・レジェンド」
の言葉で締めくくられますが、解釈によっては意味合いが大きく違います。



人のいない荒廃したNYの特撮などだけでも映画を観る面白さはあります。
ただ、できれば映画版の恐怖に、小説にあるようなストーリーの深みがやっぱり欲しかったなぁ。
映画をご覧になった方には小説もオススメいたします。

コメント
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