縁側でちょっと一杯 in 別府

東京から別府に移住してきました。
のんびり温泉に浸かり、美味しい魚で一杯。
夢に見た生活を楽しんでいます。

カレーは見た目が何割? ~ 『東洋軒』のブラックカレー

2015-03-01 14:03:57 | おいしいもの食べ隊
 以前『人は見た目が9割』という本が流行ったことがある。見た目に自信のない僕は、タイトルに憤慨し、その本を無視したことを覚えている。では、料理はどうだろう。料理雑誌の写真は、美味しそうに見せるため脚色する場合が多いという。まず食べてもらうには、やはり料理も見た目が重要なのである。
 カレーといえば黄色。最近はインドやタイのカレーのおかげで、赤や緑もカレーの色として認知されてきた。去年はビーツを使ったピンクのカレーが話題になったが、見た目はどう見てもスイーツ。カレーとは程遠い料理に見えた。
 昭和初期、このカレーの色の常識に挑んだ料理人がいた。そして、そのカレーを今も味わうことが出来る。

 店の名は『東洋軒』。元は東京の芝にあった明治22年創業の洋食の草分け、宮内庁御用達の名店である。昭和3年その支店が三重県津市に開かれ、昭和25年のれん分けで津市『東洋軒』となった。ブラックカレーは、この津市『東洋軒』で生まれたのである。東京の『東洋軒』は既に閉店しているが、津市『東洋軒』は今も続いており、昨年東京に進出、赤坂見附に支店を開いた。僕はその赤坂の店にブラックカレーを食べに行って来た。

 ブラックカレー誕生のきっかけは川喜田半泥子(かわきたはんでいし)。「東の魯山人、西の半泥子」と北大路魯山人と並び称された人物である。伊勢の名家に生まれ、銀行頭取にして陶芸家、そして美食家であった。津に『東洋軒』ができたのも彼が津に居たからである。
 彼の「黒いカレーが出来ないか」との注文を受け、津市『東洋軒』初代の猪俣重勝氏が苦労の末作り上げたのがブラックカレーである。松坂牛の背油で小麦粉と秘伝のスパイスを3週間ほど煮込み(炒め?)、それに炒めた玉ねぎや野菜、松坂牛の切り落とし肉などを加え、さらに1週間煮込み、2日間寝かして完成。このレシピは今も変わっていないという。
 ブラックカレーは文字通り黒い。が、見た目とは違いさらりとした軽い口当たりで、松坂牛の甘み、旨みが感じられた後、じわっと辛みが口に広がる。たいへん上品というか、洗練された味である。翌日のカレーがおいしいのは常識かと思う。煮込むことで具材の成分が溶け出しコクが増すからだ。ブラックカレーは1か月近くも煮込むのだから、美味しくないはずがない。

 料理で黒というと“焦げ”を連想してしまうせいか、見た目が“黒”というのは避けられて来たのではないだろうか。ここまで見事なまでに黒い料理はイカスミのパスタやリゾット以外に見たことがない。半泥子氏の好奇心というか、ちょっとした悪戯心と、猪俣氏の努力には本当に脱帽である。是非一度『東洋軒』のブラックカレーをご賞味あれ。
 と、簡単に言ったものの、このブラックカレー、カレーとは思えないほど高い。なんと2,600円もする。かといって1か月も煮込んで作る根気もないし・・・。何か特別な日、そう、ひどく落ち込んだときに食べてみてはどうだろう。カレーの暗い、黒い色は今の自分の気持ちと同じ。でも、一口カレーを食べたら口いっぱいに幸せが。すると笑顔になって、ちょっぴり元気が出るに違いない。