1.まえがき
直角レバーのパラドックスというものがある。これはパノフスキー、江沢洋、石原藤夫、細野敏夫
の各氏の書籍に載っているが、前者3人の説明は理解できなかった。これらを紹介する。
2.パラドックスの内容
慣性系Sに静止した直角レバーが O点で固定されて回転できるようになっている。図のように、そ
れぞれ O点からの距離Lの A点には、+y方向の力 Fが、B点には -x方向に力 -Fが加わって釣り合
っている。これをS系に対して、+x方向に速度 vをもつ慣性系 S'系で見ると、レバーは速度 -vで
x'方向に運動している。
このとき、x' 方向の長さは L'=L/γに短縮、y' 方向の力は F'=F/γとなる( γ=1/√(1-v²/c²) )。
すると、モーメントは FL/γ²-FL≠0 となり回転してしまう。慣性系を変えただけでレバーが回転
するのはおかしい。
3.細野氏の説明
レバーが釣り合っているということは、S系で加えた力の反作用が A,B各点に存在する。すると
この反作用という力も同様にA',B'点で -F/γ、+Fとなり、これら各点の合力は0である。この説
明は簡明かつ完ぺきである。しかし、身も蓋も無い説明ではあり、疑問点に正面から向き合って
いない気がする(モーメントの釣合とは何か?)。ただ、これを考えると下記のようにとても困
難となる。
4.石原氏の説明
まず、S系でt=0でA,B点に F,-Fを加えたとする。この現象はS'系では
A'点は x'=γ(x-vt)=γ(0-v・0)=0 , t'=γ(t-vx/c²)=0
B'点は x'=γ(L-v・0)=γL , t'=γ(0-vL/c²)=-γvL/c²
となる。つまり、B'点のモーメントは (F/γ)γL=FL となり、釣り合う。
しかし、A',B'点では力の加わる時刻が異なっている。つまり、B'点の長さγLは異なった時刻で測
ったものであり、この物理的意味がはっきりしない。これはモーメントだろうか? つまり、モー
メントの長さとして、t'=-γvL/c²のA'点と、t'=0のO'点の差γLを使う根拠がない。
ただ、A'点で t'=-γvL/c²に発生したモーメントと、B'点で t'=0 に発生したモーメントは同時刻
にO'点に到達する。何故かというと、S系でA,B点に同時に発生したモーメントはある速度 uで O
点に同時に到達する(S系のつり合いの条件)。すると、計算するまでも無く、ローレンツ変換の
示す所により、同一地点の同時は慣性系を変えたS'系の O'点でも「同時」であるから。
5.パノフスキーの説明
まず、S'系のモーメントは FL/γ²-FL=-FLv²/c²(時計回り) となるが、O'B'の部分は毎秒 -Fv
の仕事をしているので、レバーの角運動量は dM'/dt'=-Fv(vL/c²)=-FLv²/c² の割合で減少して、
上のモーメントと「バランス」するというのである。訳が分からない。
さらに、なぜ仕事率 -Fvがモーメントと関係するのか、vL/c² は時間の単位だが何の時間か書か
れていない。これらの積は仕事であるがモーメントと言えるのだろうか?(r×F の単位は仕事で
はあるけれど、rの方向が仕事の方向と違う)ましてや、なぜ角運動量の時間変化になるのだろう
か?
6.江沢氏の説明
この説明はパノフスキーに準じたものと思われ、「y軸方向の腕には下端で fVの、上端で -fVの仕
事がされている。単位時間当たり fVのエネルギーがてこの下端から注ぎ込まれ上端から吸い出さ
れている」というのであるがいったい何が流れているのだろうか?(エネルギーなのだろうが、そ
の実体は何?)私には理解不能だ。
7.あとがき
はじめは、石原氏の説明に納得していたが、上のようにまずいと思った。これらはモーメントと
いう概念の相対性を理解できていないせいかもしれない。
[文献]
電磁気学上、パノフスキー、丸善、1967
相対性理論、江沢洋、裳華房、2008 / 相対性理論とは?、江沢洋、日本評論社、2005
メタ電磁気学、細野敏夫、森北出版、1999
SF相対論入門/宇宙旅行と四次元の世界、石原藤夫、講談社〈ブルーバックス〉、1971
以上