1.まえがき
図のS系のように磁界中を導体棒が運動するとき、ローレンツ力によって、起電力が生ず
る。これを使って、キルヒホッフの電圧則から電流が求められているが、キルヒホッフ
の電圧則は定常状態の電磁界やインダクタンスの電磁誘導についてのみ確認されている
だけである。
このため、運動体の電磁誘導についても電圧則が成立するか検討する。
2.運動する導体を含む回路
2.1 運動する導体中の電磁界
議論の前に運動する導体中の電磁界について注意点がある。一般に外部から電界が加
わっても(静止)導体中には電界が無い(表面の接線方向にも)ことはよく知られて
いる。しかし、磁界中を運動する導体には一般に電界がある。というのは、
F=q(E+v×B) によって、導体中では F=q(E+v×B)=0 となる。そうでないと、永遠
に電荷が分離し続けることになる。つまり、ローレンツ力によって分離した電荷によ
る電界
E= - v×B ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2.1)
が、導体中(および導体表面の接線方向)に発生して、ローレンツ力を打ち消したと
ころで釣り合っている。このことはファインマンが「くどーく」念を押している(私
は40年間誤解していた)。
2.2 運動する導体を含む回路の電圧則(図の左、S系)
簡単のため、図のS系ように一様・一定な磁界の中のレール上を運動する(完全)導
体棒を考える。解析可能とするため終端には抵抗Rを接続し、線積分は電流の方向に
取る。前に述べたように運動する回路がある場合の電磁誘導の式は起電力の定義から
e=∲[C](E+v×B)・ds=-dΦ/dt ・・・・・・・・・・・・・(2.2)
である。ここで、パノフスキーが示しているように右辺は
dΦ/dt=(d/dt)∫[S]B・dS =∫[S]∂B/∂t・dS - ∲[C](v×B)・ds
= - ∲[C](v×B)・ds ・・・・・・・・・・・・・・・(2.3)
となる。ここで、∂B/∂t=0 を使った。したがって、(2.2)から e=∲[C](v×B)・ds
となるが、回路の中で移動しているのは導体棒だけであり、積分は導体棒の部分のみ
となる。つまり
e=∲[C](v×B)・ds =∫[a→b](v×B)・ds = - ∫[a→b]E・ds ・・・(2.4)
となる。ここで、導体棒内の電界(2.1)を使った。また、(2.2)(2.3)から
∲[C](E+v×B)・ds=∲[C](v×B)・ds ⇒ ∲[C]E・ds=0
を得る。したがって、この回路では電位が定義できる。
この電界の線積分を抵抗部分Rと導体棒Dに分けると
∫[D,a→b]E・ds+∫[R,b→a]E・ds=0
となり、この式に抵抗の電圧 VR= -∫[a→b]E・ds=∫[b→a]E・ds と(2.4)を使うと
-e+VR=0
を得る。つまり、キルヒホッフの電圧則が成立つ。
3.運動する抵抗体を含む回路の電圧則
3.1 速度vで運動する慣性系との電磁界の変換式
つぎの議論の前に、慣性系Sに対して速度 v をもつ慣性系S'との電磁界の変換式を確
認しておく。これはローレンツ変換によらずともマクスウェルの式とガリレイ変換
から求まる
(|v|≪c のとき。完全な整合性は無いが)。それは
B'≒B , E'=E+v×B ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3.1)
である。
3.2 運動する電磁界の変換式
つぎに、電磁界が速度 v で運動するとき、電磁界の変換式を確認しておく。これは
上の 3.1項で運動する慣性系S'からS系の電磁界を見たときに相当するから、(3.1)で
速度の符号を変えたものになる。つまり
B'≒B , E'=E-v×B ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3.2)
となる。 つまり、磁界が運動すると電界が発生する。したがって、自由空間を電荷
と磁界が一緒に運動すると狭義のローレンツ力 (v×B'=v×B) と発生した誘導電界
(-v×B) による力が打ち消されて電荷には力が働かない。このことは、「磁界ととも
に運動する電荷にはローレンツ力が働かない」などと勘違いしてはいけない。
なお、古来より電磁界は運動する(近角聰信)、しない(今井功)という議論があ
るが、上のように運動すると考えてよい状況がある。すなわち、同じく一様な磁界
であっても一方は誘導電界を伴っている。
3.3 運動する抵抗体とオームの法則
上で、運動する導体棒内部の電磁界について述べたが、運動する抵抗体内部の電磁
界はどうなるだろうか。運動体に静止した慣性系S'ではオームの法則 i'=σE' が成り
立つ。電流は i'=i(今回はρ=0なので)、電界は(3.1)から
i'=σE' ⇒ i=σ(E+v×B) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3.3)
となる。これが、運動抵抗体のオームの法則になる。このことは、あまり知られて
いないが、以下の説明で必要となる。
3.4 運動する導体を含む回路の電圧則(図の右、S'系)
以上の準備によって、運動する抵抗体の電圧則を考察できる。これは図のS系の現
象を導体棒に固定したS'系での現象に相当する。
この場合、磁界の運動による誘導電界が全空間に発生している。導体棒と抵抗体の
内部ではこの電界によって、電荷が分離して電界が発生し、誘導電界を打ち消して
いる。つまり、回路全体にわたって、電界は無く、∲[C]E'・ds=0 を満たしているが、
電界そのものが無いので、電圧が無い。
すなわち、電圧則を考えようにも電圧が無いので、電圧則の議論ができない。この
回路に発生する起電力は e=∲[C](E'-v×B')・ds=∫[b→a](-v×B')・ds となる。
しかし、(3.3) のオームの法則によって、 i=i'=σ(E'-v×B')=σ(-v×B') だから
e=∫[b→a](i/σ)・ds ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3.4)
というオームの法則、e=IR が起電力について成り立っている(電圧は定義できな
い)。
4.あとがき
上のS'系のように抵抗体に電磁誘導が発生するときはキルヒホッフの電圧則は成立せ
ず、オームの法則で電流が求められるだけである。
同様に、抵抗体の円リングに磁界の時間変化による電磁誘導が発生するときも、電圧
は定義できず(∲[C]E・ds≠0 なので)、電圧則は成立しないが起電力によるオームの
法則は成り立つ(起電力による電荷の分離がなく、その電荷による電界が無いので電
圧が定義できない)。
[文献]
電磁気学上、パノフスキー、丸善、1967
[追記][2022/1/14]
あるサイトでリングの抵抗が0の電磁誘導の問題があった。上の例で電流が決定でき
ず気になっていたので考えてみた。このときは
e=-Ldi/dt=-dΦ/dt → i=Φ/L (積分定数は0とした)
となる(初期状態としてどのような定電流も存在できる)。さらに
e=∲E・ds=2πrE (リングの半径をrとする)
だから
E=-(dΦ/dt)/2πr
の電界が生じている。当然、抵抗ではないのでオームの法則は成り立たない。
以上