遙かなる透明という幻影の言語を尋ねて彷徨う。

現代詩および短詩系文学(短歌・俳句)を尋ねて。〔言葉〕まかせの〔脚〕まかせ!非日常の風に吹かれる旅の果てまで。

現代詩「八年前の序文」

2010-10-06 | 現代詩作品
八年前の序文



「きみ知ってるか、寺崎先生が」
と言いかけたところ
「ああ、今度句集出されるってんだろう」
すかさず答えが返ってきた。
谷本には担任だった寺崎先生の情報が入っていたんだ
おれは担任じゃなかったし、
二年生の時に国語を習った程度であまりしらないのだが、
「こまったよ、序文を頼まれて」
「別に困ることないだろう。書いてあげれば」
「おれは俳句は作ったことがないし、
 なんで頼まれたのか訳がわかんないんだ」
谷本は、
「いや俳句のことよりも、あの先生の普段の姿を書けばいいんだよ」
「普通はその道の偉い人か専門家に頼むだろう」
「いや寺崎先生はそれが嫌いだからお前にたのんだんだよ」
「おれは以前に小さな詩集を差し上げただけで
 特別あれからなんのつきあいも連絡もないんだぜ」
「先生のたっての頼みなら引き受けるべきだよ」
谷本のきつい言葉に
もしかしたら谷本が先生におれを薦めたんではないかとさえ疑った


なんと、一週間後にはゲラが送られてきて
はじめて読んだ
門外漢とはいえすごい真摯な句作りの態度に感銘を受けた
序文を書くなんて一層気が引けたが、
何とか書いて送った
一ヶ月後には句集が届いた
とても落ち着いた装幀で一カ所はいった朱色がすごく効いている


その前に忘れられない悲しい出来事があった
突然だった
谷本からの電話で
寺崎先生が亡くなったことを知った
癌であることを隠して序文を頼まれたのだった
知らぬが仏とはこのことだ
横行だった自分がただ恥ずかしい
あれからもう八年たった