江戸の妖怪、怪奇、怪談、奇談

江戸時代を中心とした、面白い話を、探して、紹介します。

イワナの坊主、毒揉みを戒む  奇蹟ものがたり

2020-02-10 21:20:58 | 怪談
イワナの坊主、毒揉みを戒む
                       2020.2      
信州(長野県)と美濃(みの:岐阜県)の国の境にある御嶽山の麓に、川上・付知・加子母と言う三つの村があった。

五穀不毛の地であるので、川に下りては魚を取り、山に入っては、禽獣などをとって、食料の補いとしていた。
その魚を取るには、毒揉み(どくもみ)と言う方法を用いる。
毒揉とは、辛皮に石灰(あく)と灰汁(あく)とを混ぜ、煎じ詰めて団子のように丸くして、これを淵瀬に投げ込むことである。
すると、見事に魚や虫は、ことごとく死ぬ。
しかし、その水中に小便を流すことがあれば、毒に当たった魚類はたちまちに生き返って逃げ行く、と言う。

ある時、村の若者たちが、山へ仕事に行くと、その所に淵があった。
大変、魚が多かったので、昼休みに毒揉みをして魚を取り、今宵のおかずにしようと、朝よりその用意をした。

やがて昼になったので、皆一ヶ所に打ち寄り。昼飯を食べている所へ、どこからともなく、一人の坊主が来た。
『そち達は、魚を取るのに毒揉みと言うことをしているが、これは良くない事である。
他の方法で、魚を捕るならばともかく、毒揉みは決してしてはいけない。』と言った。
こう言われて、皆は薄気味悪くなったので、
「なるほど、毒を流すのは良くない事でしょう。今後は、慎みます。」
と言って食事をした。
すると、その坊主は、なおも立去らずに、側にたたづんでいた。
この時、ちょうどダンゴの食べ残しがあったので、これを坊主に与えた。
坊主は喜んでこれを食べた。
その他に飯の残りがあったので、これも与へたが、又々喜んで食べた。
見れば汁の残りもあったので、これをも差し上げましょうと、飯にかけてやったが、今度はとても食べ憎くそうな様子をしつつ、ようやく食べ終わった。
間もなく、どこかへ立ち去った。

その後、人々は顔を見合わせて、
「あの坊さんは、どこの坊さんだろうか?
この山奥は、出家の来るような所ではないのに、とても不審はことだ。
日頃、我等が悪事(毒流しの事)をしているのを山の神様が来て、止めようとしたものであろうか?
又は、弘法大師等が来て、我々を戒めようとの事であろうか?」
「今後は、もう毒揉みは、止めたほうが良いぞ。」と言う者もいた。
又、勝ち気の者は、坊主の言葉も聞きいれずに、
こう言った。
「この深い山へ、毎日毎日入って仕事をしている者が
山の神や天狗が恐ろしいのなら、山稼ぎはやめた方がよい。
気の弱い者は、とても哀れなものだな。
イザヤ、我々は毒揉みをしよう。」
と言って、屈強なる者の三人で、ついにその日も毒揉みをした。
獲物が多かったが、中でも岩魚(谷川の岩穴に棲む魚形鱒に似て少くして白し:原文にある注)の体長が六尺(180cm位)程の大魚を得た。
皆々悦んで、
「先の坊主の言葉に従っていたのなら、
この魚は、手に入れられなかったろう。」
などと言って、口々に騒いだ。

やがて村に持ち帰り、若い者が大勢寄りあつまって、かの大魚を料理した。
すると、驚いたことに、昼に坊主に与へた団子を始め、飯などもそのまま腹の中に残っていた。
ココに至っては、あの勝ち気の者達も気遅れして、その岩魚(イワナ)を食べることは、出来なかった、と言うことであった。


昔より、岩魚は坊主に化ける、と言い伝えられているが、これは事実である。
私は、先年その村に行ったが、確かに聞いて来た話である。
信州御嶽山の周囲には、四尺五尺位の岩魚のいることは、珍しくない、と言う。

以上、「奇蹟ものがたり」物集高見先生著。大正11年
より

訳者注:これ良く似た話が、諸書に散見する。例えば、   
「想山著聞奇集」には、イワナの代わりにウナギとなっている。
「飛騨の伝説と民謡」には、「岩魚の怪」という話が述べられていますが、これとほぼ同じ内容です。