社説:秘密保護法案を問う…国政調査権
毎日新聞 2013年11月07日 02時31分
◇国会が手足を縛られる
議員自ら、その手足を縛るのだろうか。特定秘密保護法案の持つ危うさを立法府である国会はもっと深刻に受け止めるべきだ。
憲法62条は「両議院は各々国政に関する調査を行い、これに関して証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる」と国政調査権を定めている。
国会法や議院証言法は政府が国会への報告、証言や資料提出を拒否した場合、最終的には理由として「国家の重大な利益に悪影響を及ぼす」との声明を内閣が出さない限り国会の要求に応じるよう手続きを定めている。議会が行政を監視する権限を踏まえたものだ。
ところが特定秘密保護法案は情報提供の有無、提供された場合の取り扱い両面にわたり行政優位の統制に置くため立法府の国政調査権行使に重大な支障を来すおそれがある。
法案は行政機関の長が国会に特定秘密を提供する場を非公開の秘密会に限定する。しかもそれは「我が国の 安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認めたとき」との条件つきで「支障を及ぼすおそれがある」と判断すれば提供を拒める。安全保障をはじめ広範な 情報から国会が遮断されかねない。
秘密会で情報が提供されても厳重な統制が加えられる。国会議員が故意に漏えいした場合は5年以下の懲役刑などに処せられ、過失でも罰せられる。その議員に漏えいを働きかけた第三者も処罰対象だ。
議員が知った情報は同僚議員や政党職員、秘書らと自由に共有できず政党や議員の活動を萎縮させるおそれがある。秘密保護に必要な措置は内閣の政令で定められ、特定秘密指定は有効期間5年を経て行政が更新できるという行政主導である。
一方で憲法51条は「両議院の議員は議院で行った演説、討論または表決について院外で責任を問われな い」と定めており、国会討論や質疑で秘密を開示しても刑事免責されるとみられる。だが、秘密保護法が制定されるとこの条項を逆手に取り、行政側が情報もれ のおそれがあるとして情報の提供を拒む懸念すらある。
国会議員の守秘義務のあり方は本来、議院自らルールを決めるべきものだ。自民党の石破茂幹事長はここに きて国会が秘密指定を監視するための機関づくりなどに言及しているが、そんな肝心な議論も尽くさぬまま政府が法案提出になぜ踏み切ったのか、はなはだ疑問 だ。議会政治に禍根を残しかねない重大な局面だと国会議員一人一人が心得てほしい。
社説:秘密保護法案を問う 国の情報公開
毎日新聞 2013年11月06日 02時31分
◇「不都合」隠される懸念
特定秘密保護法案は、国民の知る権利を支える情報公開や公文書管理の理念から大きくかけ離れる。情報公 開法は「国民主権の理念にのっとり、情報の一層の公開を図る」ことを目的とし、公文書管理法は「国の諸活動や歴史的事実の記録である公文書は、健全な民主 主義の根幹を支える国民共有の知的資源」とうたう。
ところが、法案が成立すると、国の安全保障に著しい支障を与える恐れがあるとの理由で、行政機関は大量の情報を恣意的に特定秘密に指定することが可能になる。政府にとって「不都合な真実」も国民の目から隠蔽されかねない。
政府の「隠蔽体質」を如実に物語るのが、1972年の沖縄返還に伴う密約問題だ。日本が米国に財政負担 することを両政府が合意した密約について日本政府は一貫して否定し続け、2000年以降に米国立公文書館で密約を裏付ける文書が見つかった後も、その姿勢 を変えていない。
西山太吉・元毎日新聞記者らが密約文書の開示を求めた訴訟で11年の東京高裁判決は、「沖縄を金で買い 戻す」との印象を持たれたくない政府が国民に隠す必要があったと認定し、ばれないように01年の情報公開法施行前に秘密裏に文書を廃棄した可能性を指摘し た。開示請求は退けたが、密約文書を「第一級の歴史的価値を有し、永久保存されるべきだった」と国の姿勢を批判したのだ。
密約のような行為も行政の思惑次第で指定がまかり通り、外部からのチェックは不可能になる。5年の指定期間は行政の判断だけで更新でき、内閣の承認があれば30年を超える指定も可能だ。国民は半永久的に知ることができなくなってしまう。
特定秘密に指定される情報も、情報公開法や公文書管理法の対象になる見通しだ。ところが、国の安全が害 される恐れがあるなどと行政側が判断すれば公開を拒否できるので、特定秘密は事実上開示されないことになる。公文書管理法も、各省庁で保存期間が満了した 行政文書は国立公文書館などに移管するか、または首相の同意を得て廃棄することを認めており、廃棄される懸念は消えない。
民主党は、訴訟の段階で裁判所が対象文書を調べる仕組みを導入する情報公開法改正案を提出し、知る権利 の充実を強調する。しかし、国の防衛や外交上の利益などに重大な支障を及ぼす場合は行政側が法廷への文書提出を拒否できるとの条文があり、実際には機能し ない可能性が強い。この改正案と引き換えに法案の成立を許すわけにはいかない。
社説:日本版NSC 議事録作成は不可欠だ
毎日新聞 2013年11月06日 02時30分
政府の外交・安全保障政策の司令塔となる国家安全保障会議(日本版NSC)を設置するための法案が、衆 院を通過する見通しになった。関係省庁のNSCへの情報提供義務を明記するなど、組織の骨格に関わらない部分で、政府・与党が民主党の修正案を一部受け入 れた。会議の議事録作成の義務づけについては、法案の付帯決議に盛り込むことで折り合った。議事録の作成は不可欠だ。早急に検討し、きちんと法案に明記 し、より多くの国民の支持が得られるようにすべきだ。
日本版NSCは現在の安全保障会議を改組し、首相官邸主導で外交・安全保障政策を企画、立案することを目指す。中核となるのは、首相、官房長官、外相、防衛相による「4大臣会合」だ。事務局として関係省庁の出身者ら約60人でつくる国家安全保障局を内閣官房に新設する。
厳しさを増す安全保障環境を踏まえ、省庁の縦割りを排して一元的に外交・安全保障政策を収集し、機動的に対応しようという趣旨は理解できる。しかし今回の法案は、問題点が少なくない。
まずNSCは米国などから提供された機密情報を扱うため、特定秘密保護法案を一体で成立させる必要性が あると政府は主張する。特定秘密保護法案は、安全保障で特に重要な情報を特定秘密に指定し、情報漏えいに厳罰を科すものだ。この法案が成立すれば、特定秘 密に関わるとの理由でNSCの政策決定まで明らかにされない可能性が出てくる。
情報漏えいへの対応は現行法の活用で可能だ。NSC法案は、特定秘密保護法案と切り離すべきだ。
またNSC法案は、政府の政策決定が適切だったか否かを、検証する仕組みが担保されていない。会議の議事録作成が義務化されていないからだ。付帯決議では心もとない。
安全保障に機密があることは理解できる。支障があるものは、時間をおいて公表すればいい。しかし議事録が作成されなければ公表もできず、検証しようがない。
日銀の金融政策決定会合は、約1カ月後に議事要旨、10年後に議事録を公開している。参考にすべきだ。
安倍晋三首相は、閣議の議事録作成を義務づける公文書管理法改正に前向きな考えを示している。一方、菅 義偉官房長官は審議の中で、現在の安全保障会議が「自由闊達な議論」などのために議事録を作成していないとして、NSCでも「議事録は作らない」と話して いた。矛盾していないか。
NSCはただ組織を作ればいいのではない。国民の理解を得ながら、効果的に運用する制度設計が肝心だ。抜本的な見直しを求めたい。
社説:秘密保護法案を問う 国民の知る権利
毎日新聞 2013年11月05日 02時35分
国民が自由に情報を得る機会を持つことは、民主主義の基本だ。知る権利に奉仕するのは報道だけではない。国民は多様なルートで国政についての情報を集める。
だが、特定秘密保護法案が成立し、特定秘密にいったん指定されれば、その取得行為が幅広く罰せられる。国民も例外ではない。
法案は、社会の情報流通を妨げ、国民の日常生活を脅かす危険性に満ちていると、改めて指摘したい。
憲法や刑事法を専攻する学者300人近くが10月28日、法案に反対する声明を連名で発表した。
特定秘密は安全保障に関わる国家機密で、防衛、外交、スパイ活動防止、テロ活動防止の4分野が対象だ。別表で規定された項目は広くあいまいで、行政の判断でいかようにも拡大できる。一方、情報を得ようとする側は、何が特定秘密か分からないまま、取得行為が罰せられる。
法学者は、こうした基本的な枠組みに危惧を表明した。国民の人権を侵し、憲法の国民主権の原理に反するというのだ。もっともな指摘だ。
声明では、特定秘密の指定が、市民の関心事に及ぶ具体例を二つ挙げた。一つは、原発事故だ。安全性に関わる情報がテロ活動と結びつけられ、特定秘密に指定される可能性が大きいと法学者はみる。
もう一つが基地問題だ。防衛省は普天間飛行場の移設先に予定している沖縄県名護市辺野古のジュゴンの環境調査結果を公にしていない。こうした調査でさえ、基地移設と関連づけ特定秘密になり得るという。
原発や基地は全国に点在する。地元住民のみならず国民の共通関心事である。そうした重要テーマについて、個人やグループが情報を集め、議論をし、行政対応を求めるのはごく日常的な光景だ。
だが、いったん特定秘密に指定されれば、情報に近づくことは、刑事罰に直結する。漏えいや取得についての共謀、そそのかし、扇動行為には、最高で懲役5年が科せられる。未遂の処罰規定もあるから、結果的に情報提供がなくても罰せられてしまう。
また、万が一、逮捕・起訴されて裁判になっても、特定秘密の内容が法廷で明らかにされないまま有罪になる可能性を法学者は指摘する。刑事裁判の適正手続きという観点からも大いに疑問が残るのだ。
法案が成立すれば、国民の知る権利は守れなくなる。
◇
特定秘密保護法案の審議入りが近い。問題点を明らかにしていく。
社説:介護給付の抑制 市町村支援きめ細かく
毎日新聞 2013年11月01日 02時35分
厚生労働省は介護保険の「要支援」サービスを市町村事業に移行させ、将来的には国が介護事業に支出する 給付費に上限を設けることを検討している。現場からは「サービスを減らすとむしろ重度化を招く」との批判も聞かれる。どうやってケアの質や量を保ちながら 財政の膨張に歯止めを掛けられるのか、具体的なモデル像の提示やきめ細かい市町村支援を政府に求めたい。
現在約9兆円の介護給付費はこのままでは2025年度には21兆円に膨らむ。要支援サービスを市町村に 移しても「財源は介護保険であり、要支援の認定も変わらない」と同省は説明するが、市町村がサービスの内容や単価を独自に決められるようにして給付増の制 御を図るのが改革の目的だ。しかも同省は要支援サービス事業費の伸び率(現在は年5~6%)の上限を75歳以上の人口の増加率(同3~4%)に合わせる案 を検討しており、これを実施すると25年度の給付費は本来より2割減る。不安が広がるのも無理はない。
一方、現在の要支援サービスは買い物や室内の清掃、洗濯、入浴介助がほとんどで、「家政婦代わりにヘル パーを使っている」などの批判もある。独居で身体機能の衰えたお年寄りには切実なサービスであるに違いないが、高福祉で知られる北欧諸国でも近年は医療や 介護の公的サービスを抑制し、お年寄りが自力で生活し続けられるような指導、家族や近隣の人々による支え合いを重視する政策へと傾斜している。
財政のためだけではない。医師や介護士などの専門職に依存するよりも、お年寄りが自らの健康や介護につ いて考え、親しい人間関係の中で支え合って生活することを望む人が増えているからでもある。日本でも高齢化率が非常に高い集落で公的介護サービスを利用せ ず住民同士が支え合っている例はたくさんある。
市町村に事業を移行すると地域格差が広がるとも言われる。先駆的な自治体の実践を集め、モデル事業とし て広めてはどうだろう。新潟県長岡市は独居の高齢者宅の雪かきや買い物の付き添いを若くて体力のある知的障害者らに委託している。福岡県久留米市でも高齢 者宅の庭の草むしりや棚の奥の掃除などを長期入院から退院してきた精神障害者がボランティアで担っている。専門職による介護はなくても、「ありがとう」の 声が行き交う助け合いが地域の人間関係を温かいものにしている。
新たな生活困窮者の支援事業の中でも要支援サービスを補う活動を盛り込むことができるはずだ。市町村任せではなく、お年寄りが安心できるよう政府が率先して市町村の指導・支援に乗り出すことが必要だ。