かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

馬場あき子の外国詠 376(中欧)

2020-03-25 19:51:08 | 短歌の鑑賞
  馬場あき子の外国詠52まとめ(2012年5月実施)
     【中欧を行く ドナウ川のほとり】『世紀』(2001年刊)P100~
      参加者:I・K、崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
      レポーター:鈴木 良明 司会と記録:鹿取 未放


376 ハンガリー動乱より十年の日本にサルトルは鑿(のみ)のごとく冴えゐつ

           (レポート)
「ハンガリー動乱より十年」といえば1966年。この年には、ビートルズも来日しているが、サルトルは、ボーヴォアールとともに来日し、各地で講演を行った。作者もその講演を聴いていることだろう。サルトルは、当時の文学者や芸術家にも影響を与え、多くの若者にとって知的アイドル的存在であった。「鑿のごとく冴えゐつ」という比喩も、まさに実感だろう。(鈴木)


          (当日発言)
★サルトルもハンガリー動乱について批判的意見を言っているので、その繋がりでこう詠んでい
  る。(鈴木)
★そういう繋がりなんですね。旅行詠だからハンガリー動乱を詠んでいるうちに、そういえば10
 年後にはサルトルが来日したなと連想が及んだのかと思っていました。サルトル来日の1966
 年当時、高校生だった私はサルトルとボーヴォワールに熱狂的に憧れていた。講演を聴くために
 何枚も葉書を書き、一枚当たったが結局倫社の先生にあげてしまった。(鹿取)
★サルトルは 知識人のアンガージュマン(政治参加)を強く打ち出した哲学者で、鈴木さんや私
 など団塊の世代がサルトルの影響を受けたいちばん尻尾でしょうね。大学の一般教養の哲学の試
 験で「実存主義について記せ」とだけ書いたB4の用紙が配られて、サルトルはけっこう読んで
 いたので裏表びっしり書き込んだのを覚えています。作者は60年安保に敗れた後の長い喪失の
 時代だったと思われるが、なおさら政治参加を説くサルトルの言葉は作者を含む若い知識人達に
 鋭く迫ってきたし、励まされもしたのだろう。「鑿のごとく冴えゐつ」にサルトルへの賛嘆の思
 いが表れていますよね。余談ですが、サルトルは64年、ノーベル文学賞に選ばれたが、「いか
 なる人間でも生きながら神格化されるには値しない」と言って、これを辞退したということです。
   (鹿取)

コメント
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