だいずせんせいの持続性学入門

自立した持続可能な地域社会をつくるための対話の広場

トロイの遺跡にて

2010-03-30 04:55:30 | Weblog
 今回子どもを連れてのはじめての海外旅行でトルコを訪問した。ツアーガイドのイズマエル氏は流暢な日本語でトルコの地理、歴史、暮らし、宗教、経済、政治にいたるまで熱く語ってくれる。大学の考古学教室のアシスタントまでやったという専門家でもある。
 1日目は「トロイの木馬」の物語で有名なトロイ遺跡を訪問した。紀元前3000年頃から紀元前300年頃まで9層にわたる都市の遺跡である。一時期栄えた街が災害や戦争で破壊され、その瓦礫の上にまた都市が建設されたので、遺跡が積み重なってひとつの丘になっている。
 その第6層、紀元前1300年頃の街でトロイ戦争が戦われた。当時エーゲ海沿岸にはたくさんの都市国家があって、それぞれ覇権を争っていた。ギリシアの都市国家連合軍が、豊かなトルコの大地を支配する足がかりとするためにトロイを植民地にしようとした戦争であった。守る側もアナトリア(トルコのアジア地方)の都市国家群が共同で迎え撃ったという。

 イズマエル氏は、この戦争を「現在まで続くヨーロッパとアジアが戦った世界史上最初の戦争」と位置づけた。当時のトロイがアジア文化に属していたことは、最近の考古学的発見によって明らかになったという。ひとつは石印である。印を押す習慣は日本からアナトリアまでのアジアにあり、エーゲ海を挟んだヨーロッパにはなかったという。もうひとつはふくよかな女性をかたどった土偶を模した陶器の壺である。これもアジア特有のものだという。
 つまりトロイ戦争は、「ヨーロッパがアジアを植民地化しようとした侵略戦争」のはじめのものだったというのがイズマエル氏の解釈である。これ以降、繰り返し同様な戦いが繰り返された。彼によれば日露戦争もその一環であり、太平洋戦争で日本がアメリカと戦ったのもまたしかりだという。
 突飛な考え方かもしれないが、私はなるほどとも思った。9.11もまたグローバリゼーションというアメリカによる経済的・文化的な世界支配に対するアジアの抵抗という見方もできるからである。

 時代は1920年代。当時トルコのオスマン朝は第1次世界大戦にドイツの連合国として参戦して敗北する。その結果トルコは中央部を残してイギリス、フランス、イタリアに分割支配される。さらにギリシア軍の侵攻も起き、半ば植民地化された状態から独立戦争が起こった。イズマエル氏はこれを世界史上はじめての帝国主義に対する独立戦争だったとその意義を強調した。革命の指導者であり初代大統領になったアタチュルク師を国民は今でも敬愛している。どんな小さな町にもその中心にある公園にはアタチュルク師の銅像がある。6種類ある紙幣のすべてに彼の肖像が描かれている。つまり、トロイ戦争では「トロイの木馬」の策略によってアジア側が敗北したのであるが、同じ地でアジア側が勝利したのがトルコ独立戦争だったというわけである。

 トルコは今でも男性に兵役が課せられてる。高卒で1年3ヶ月、大卒で6ヶ月の兵役義務がある。これはトルコ人にとってはとても重要なことだという。若いカップルが結婚したいと思って、男性が娘の父親から尋ねられるのは「兵役は終わったか?」ということだという。兵役を経なければ一人前と認めてもらえないのだ。街でもいなかでも、あちこちに真紅のトルコの国旗が掲げられている。イズマエル氏の言葉の端々からも国に対する誇りと忠誠心が感じられた。

 トルコ国民がもっとも親近感を抱く国民は日本人だという。その理由は、明治時代に和歌山県沖で遭難したトルコの軍艦の乗組員を人々が丁重に介抱したことからはじまり、トルコにとっては宿敵であったロシアを日露戦争で日本が破ったことなどいろいろある。その中でももっとも重要な理由はイズマエル氏によれば、太平洋戦争で日本軍が行った神風攻撃だという。自分の命をなげうって国のために貢献しようという気持ちにトルコ人は喝采を送るのだという。

 同じツアー客の中から、現在のトルコで大きな問題になっているクルド人過激派によるトルコ南東部におけるテロ活動について質問があった。「トルコ人とクルド人は仲が悪いのか?」という質問である。イズマエル氏はけっしてそうではないと応じた。今までトルコ国内でトルコ民族かクルド民族かということをことさらに意識することはなかったという。彼にはクルドの友人がたくさんいるし、彼の会社の二人いる社長は一人がトルコ民族、もう一人はクルド民族だという。彼はこのテロの問題は、ヨーロッパとアメリカの政治姿勢を考慮することなしに理解できないという。
 テロ組織に資金を供給しているのはヨーロッパとアメリカだという。ヨーロッパはトルコがEUに加盟することを望んでいるものの、一方では恐れているという。人口が高齢化し人口成長の止まったヨーロッパに対し、トルコは人口成長が続いている。トルコは人口の6割以上が30歳未満の若者の国である。トルコ全体がEUに加盟した場合には、将来の人口構成とそれがもたらす経済状況から言って、「ヨーロッパのトルコ化」が起きると。そこでヨーロッパはトルコを二分して、経済発展をしている西半分だけをEU加盟させようという考えがあり、テロへの支援はそのために行われているという。
 一方、トルコには重要な石油と天然ガスのパイプラインが走っている。ロシア・中央アジアと中東の石油や天然ガスはトルコを通って西側世界に開かれているのである。この権益をコントロールしたいアメリカは、トルコに揺さぶりをかけるべくテロ組織を支援しているという。
 もちろん真相は闇の中であるが、イズマエル氏は平均的なトルコ国民からそうはずれているようには見えない。トルコ国民は多かれ少なかれテロ問題をこう解釈しているらしい。

 つまり、彼らの意識の中では、トロイ戦争が今でも続いているのである。今回、気軽な気持ちで参加したパックツアーだったけれども、「文明の衝突」の最前線に出会う意義深い旅となった。
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