私は大学院の授業で「持続可能な地域づくり実践セミナー」というのをやっている。この地域で地域づくりの先進的な取り組みをしているNPOなどを訪問調査するというのが主な内容だ。学生たちはそこで強烈なミッションをもって活動されている人たちに出会う。昨日は訪問調査の振り返りでもあり準備でもあるワークショップをやった。テーマは「自分のテーマはなにか」である。
人はそれぞれミッションのウラに、それを支えエネルギーをわき出させるようなテーマを持っていると私は思う。ミッションは実現をめざす社会的に見えるもの。テーマは内面的なもの。基本的な問題意識、こだわり、心の支えのようなものである。いろんな人に聞くと、だいたい高校生の時くらいに自分のテーマが見えてきたという人が多い。ならば学生たちもそれなりに自分のテーマとは何か、自分の心に聞いて見つけることができるのではないかと思った。ぼんやりしていても、口に出して語ることによって何か見えてくるのではないか、というのがねらいである。
白紙を一枚渡して、まず静かに自分のテーマは何か振り返えり、メモを書いてもらった。それから集まって、それぞれみんなに向けて語ってもらった。一枚の紙いっぱいに何か書いた学生もいるし、ほとんど何も書けなかった学生もいる。語られた内容はどれも興味深いものだったし、お互いにかなり深いところからのコミュニケーションができたと思う。
ただ、私もファシリテーションをしていて気づいたのだが、大切なのは、紙の上に書かれている内容ではないのではないか。本当に大切なのは、人間の心と身体は白紙であるし、人生はいつの時点でも白紙である、ということに気づくことではないだろうか。
タブラ・ラサという哲学用語は、人間の心は生まれた時は白紙であって、いろいろな経験をとおしてそこに何かが書き込まれ、人間として成長していくという意味である。親が言葉をかけるから、赤ちゃんは言葉を覚える。おとなが立て立てと促すので立てるようになる。そのような促しがなければ言葉も話せないし、立つこともできない。逆に、オオカミに育てられた人間の赤ん坊は、四つ足ですばやく走ることができるようになる。
普通は、白紙の上に何かが書き込まれることの意義が強調されるけれども、私はその下地の紙自体が、40億年にわたる生命の進化の結果であり成果であるということを強調したい。赤ちゃんの身体とそこに書き込まれたDNAには、外界からの刺激に応答することによって、きわめて高度な能力を獲得することができる潜在的な力がすでに備わっている。その柔軟性と適応力の高さといったら。そのことのありがたさを私たちはもっと味わってもよいのではないだろうか。
人気映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の最終作の最後の場面はとても印象深いものだった。最終作はマイケル・J・フォックスが演じる主人公が未来に行ってみると、未来の自分はヘマでドジで会社をクビになってしまう。白い紙に「クビFired」と大きく書かれたものを会社から受け取る。その後、すったもんだの展開があったあげく、最後に主人公がその紙をとりだすと、「クビ」という文字がすっと消えてハッピーエンドとなる。そして、最後の最後にドクが主人公に「未来は白紙なんだよ」と告げて再び時間の旅に出かける、というお話。赤ん坊だけが白紙なのではない。人生はいつの時点でも白紙である、というメッセージだ。
映画の中のマイケルはとても若々しく魅力的だ。はじけるような身体の動き、誰もがたまらなく好きになってしまう表情としぐさ。まさに俳優として油がのりきった演技だった。
ところがマイケルはその後、難病のパーキンソン病に冒されて俳優の仕事を続けられなくなってしまう。映画から何年か後に、アメリカの議会で難病患者への支援を訴える姿がテレビニュースで放映された。その姿は病気でやつれて痛々しかった。
まさに人生はいつの時点でも白紙であることを、マイケルは身をもって私たちに示してくれている。そして病気になった今も、白紙。そこには幸福とか不幸とかいう文字は書かれていないと私は思う。
私たちは何か成果をあげると、それが自分の力で達成できたと得意に思ってしまうが、本当にそうだろうか。それができたのは、40億年という途方もない時間にわたる生命進化の積み重ねのおかげというべきではないだろうか。逆に何かができないと自分の力不足だったと意気消沈してしまうが、それも正しくないと思う。生命の進化は日々進行中である。これまでの蓄積だけではできないこともあるだろう。
「自分が、自分が」と考えるのではなく、成果であっても失敗であっても、健康であっても病気であっても、地球の進化のせいだと思えば、もっとゆったりかまえていられるのではないだろうか。
何もかも、一人で背負っているような感覚があって苦しかったのですが、ふっと楽になりました。
さて、今日も山仕事です。
汗かいて、山の空気を体の隅々まで行き渡らせてきます。
ありがとうございました。