常に正統であろうとする人々がいる。
お上の国定思想や国定政策を、無条件に諸手を挙げて賛成する人々だ。
学校にもいたであろう。
優等生のいい子ぶりっこが。
こんな手合いばっかりだったら、教師も学級経営が本当に楽であろう。
それと同様に、この手の連中が大人になれば、ものすごくお上にとって支配しやすい人民の群れになる。
お上の国定思想や国定政策に反抗するやつを見つけては、同調圧力等で思想転向を強制し、いい子ちゃんぶって、お上に反抗者を密告する。
シーベリー氏は、こんな連中には吐き気を催すと、加藤諦三氏が翻訳した本に書いてある。
この手の人物の一番いい見本は、ソルジェニーツィンのガン病棟に出てくる党官僚のルサノフである。
強迫的に常に正統でありたいというのは、実に異常である。
彼らは常に心の底に押さえつけている、異端への意志に不安を感じているのかもしれないが。
こんな奴らが、法を恐れない人たちが開帳する賭博や薬物付きの乱交パーティーの上客になり、心の海の奥にきらめく異端への意志を満たすのであろう。
そう、1984年の主人公、ウィストン=スミスのように。
ねそがことをする。
これは谷口雅春氏の本に書いてあった文章であるが、彼によれば、普段おとなしいやつに限って、とんでもないことをしでかしているものなのである。
以上、管内下石原でいけもと。