惰天使ロック

原理的にはまったく自在な素人哲学

「つまんない自然」

2009年03月25日 | 「普通」の世界
なんか期せずして「つまんない自然」という言い方を繰り返している。これは、わたしがもともと持っている考え方というか感じ方のうちで、たぶん一番「普通」ではないもののひとつではないかと思う。

ずっと前のことだが、親兄弟と連れだって上高地あたりに旅行したとき、その風景を眺めて開口一番、わたしが言わずにおれなかったのは「すげえ。あたり一面絵ハガキみてえだ」という一言だった。ホントにそう見えた、というか、何度見返してもそういう風にしか見えなかったのだ。別にひどい光景ではないのだが、絵ハガキを見て感動することはできない。別の言い方をすれば「よくできたCGだなあ」というようなことになる。ああいう風景に美的な何かを感じる心が、コドモのころからわたしにはどうにも皆無なのである。

だからどうだというわけでは、必ずしもないのだが、たまたまそういう心性の持ち主であるために、他人が自然の風景を称賛しているのを見ると、特に書かれた文章の上で称賛していると、そこでその人のアラが全部見える(ような気がする)のである。どうもほとんどの人は自然の風景のこととなると手放しになってしまうところがあって、ほかのことでは緻密だったり難解だったりする書き手でも、そういうことを書き出したとたん、いっぺんに正体が(わたしには)バレてしまうことがある、ということだ。直観的に。

普通とは逆の意味で「大自然って奴は怖えなあ」と思わないわけにはいかないことである。

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おすすめまではしない、が、今読んでいる

2009年03月25日 | 読書メモ
人間の未来―ヘーゲル哲学と現代資本主義 (ちくま新書)
竹田 青嗣
筑摩書房
Amazon / 7&Yicon / rakuten

タイトルの通りである。この本の基本的な結論に対して、わたしは非常に大きな違和感を抱いている。つべこべ言っといて結局はエコエコ万歳かよ、というような。

とはいえ、この本はヘーゲル哲学の再評価を含めた入門書として読めば間違いなく優れた本だ。実際、もともとはそういう本として書き始められたもののようである。そういう部分に限れば、これはもう書かれていることの一から十まで賛成したいくらいなのだ。かつてこれほどわかりやすく、しかも著者自身の長年月にわたる読み込みの累積が見事に反映されたヘーゲル入門は(この著者はすでに何度もヘーゲル入門の本を書いているわけだが、その中でも)、他に優れた入門書は数多いとはいえ、そうはないはずである。

著者はわたしなどの何万倍もヘーゲルを読んで来た人だというのは言うまでもないことだし、それを結論が気に食わない(それも、本当に困ったことだが、かなり激しく)というだけで捨ててしまうのは、我ながらあまりに早計だと感じて、もうちょっと丁寧に読み返してみているというわけである。

ヘーゲル入門の見事さと結論のつまんなさのギャップが激しすぎるのは、わたしの読み方がどこか根本的におかしいのかもしれないし、あるいは、この本もある意味で「理想の作り直し」をやっている本だということになると思うのだが、この著者の考え方と自分のそれがどこでどう違っているのかを見極めることができれば、少なくともわたし自身は得るところが多々あるに違いないとみている。このblogの閲覧者には価値がなくとも、わたしはわたし自身に対してこの本の価値を認めている。そういうことである。

まあ、いずれ何か書けそうなことが出てきたら、もうちょっと詳しく書いてみたい。ただし、何がどう転んだってわたしがエコエコ万歳なんぞを認めることは金輪際あり得ない、ということだけは今から断っておきたい。

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