そろそろ、各マスコミが『四強!』とか『ダービー馬決戦!!』とかで煽りに煽り始めるのが目に見ている今年の秋天。
人気を予想するなら、ウオッカ、ディープスカイ、ダイワスカーレット、メイショウサムソンの順か。
まあ、人気を当てても一銭にもならないので、どうでもいいんだけど。
ところで、人気といえば、秋天にまつわる都市伝説があるのをみなさんご存知ですか?
今回は、いまだ競馬オヤジ達の間で実しやかに囁かれ続けている
『府中の杜の都市伝説』をご紹介します。
その日、府中は雨だった。
『府中の杜には魔物が棲んでいる・・・・・』
と、男が独りごちながら傘もささずに、通称『オケラ坂』を登っていく。
いつもなら、勝っても負けても坂の途中にある『Y』で一杯引っ掛けてから帰るのだが、その日はそんな気分ではなかった。
1991年10月27日―
その日、メジロマックイーンは負けた。
中には『いや、あれはマックが負けたのではない。武豊が負けたのだ。』と主張する人もいるだろうが、いずれにしろ男が負けたのだけは確かだ。
一杯飲んで帰ろうにも、飲み代がなかっただけだった。
男は、帰りの電車賃だけを残して、有り金全部をマック絡みの馬券を買ったのだった。
『タテ目を押さえるべきだったなあ・・・そうすれば・・・』
と、幾ら「タラレバ」しても決して戻ってこないお金を数えながら、府中競馬正門前駅のホームで新宿行きの特急を待っていた。
『アンチャン、獲ったのかい?秋天?』
気付くと、横には胡散臭いオヤジが立っていて、こちらに話しかけている。
男は苦笑いで応えた。
『ははあ、そうかい、そうかい』
と、したり顔でオヤジは微笑んだ。
『オレは獲ったよ。ほら・・・』
男は、内心、「でた!府中名物・馬券見せびらかしオヤジだ!」と瞬時に判断し、『凄いですねえ』などとオイショしようものなら、「どうやってこの馬券を獲ったのか」を延々と自慢されるのは何度も経験して身にしみていたのだが、あからさまに無視するほど人は悪くないので、今度は笑顔で応えた。
『いや、実はな・・・・・』
『それでも始めるか!普通!?』と思った時に、運よく電車の扉が開いたので、オヤジを振り切り飛び乗った。
オケラどもを詰め込んだ電車は、新宿を目指して走り出した。
『さっきのオヤジは獲ったらしいが、果たしてこの電車の中に、今日の秋天を獲ったやつは何人いるんだろうか・・・』
身動きできない満員、否、オケラ電車の中で、目だけを動かし辺りの顔を見渡した。
『いるはずないわな。どいつもこいつもマックから買ったに決まっている。なんせ、昭和の競馬オヤジ共は一番人気が大好きだしな。・・・にしてもどいつもこいつも冴えない顔してやがんなあ。』
と、自分が負けたことは棚にあげて、他人に心の中で悪態をついているとき、丁度、電車は笹塚を過ぎ地下に潜ろうとしていた。男は自分の降りる駅を乗り過ごしたことに気付いた。
ふと、窓の外に目を移すと、どこからどう見てもクスブッているのが一発で分かる顔が窓ガラスに反射されて映っていた。
何のことはない。自分が一番クスブリ顔をしていることに気付いた。
そして、引き返しの新宿のホームで、男は思い出した。
『そういえば、去年もオグリから勝負して負けたなあ・・・・』
と、男はあることに気付いた。
『確かオグリも1番人気だったはず。そういやオグリは3年連続秋天に挑戦し、3年とも勝てずじまい。しかも全部、一番人気だったんじゃあ?』
部屋に戻ると男は早速、資料を調べた。
男が思ったとおりだった。
オグリは3年連続1番人気で勝っていない。
そして、今年は1番人気のマックが1着入線も18着降着。
男が競馬に手を染め始めた1988年から4年連続で1番人気が飛んでいることに気付いた。
そして、『来年の秋天の1番人気は買わない!』と、男は決めた。
忘れないように、
『秋天の1番人気は勝てない!買わない!買ってはいけない!』と一筆認めた。
『そういえば、オグリもマックも芦毛だ・・・・』
男は小さく付け加えた。
(特に芦毛は)と書き足し、神棚に奉った。
そして、時は流れ1992年―
男は、神棚に拍手を打ち、勇躍、府中へ向かった。
1番人気は岡部のトウカイテイオー。
男は誓いどおりにテイオーを消した馬券を買った。
男の願いが通じたのか、はたまた単なる偶然か?
テイオーは7着。
男は心の中で呟いた。
『ほら、見ろ!やっぱりだ!秋天の一番人気は勝てないのだ!
でも、これはある程度予想できたことだから、そんなに威張れることではない。なんせ骨折明けでいきなりGIの中のGIを勝てるほど、秋天は甘くはない。
それなのに、1番人気に祭り上げられたのは、マスコミが、年末のオグリ復活劇の再現だとばかりに、『感動よ再び!』と煽りに煽って、それに乗っけられてしまったミーちゃん、ハーちゃんどものせいだ。テイオーが飛ぶことは冷静に考えれば誰にでも分かるのになあ。近頃の若いモンはアホになったもんだ』と、自分も20歳そこそこのくせに妙に年寄りじみた言い方になっていた。
そして、男は思った。
日本人は、こういう『忠臣蔵』的なお涙頂戴劇が大好きなのだと。
そして、1993年―
男は信じられなかった。
数年前まではマックの三冠を阻止したとして、ヒール役だったライスの1番人気を。
男は思った。
『とかく人の気持ちは移ろいやすい』と。
男は自信を持った。
男が秋天の1番人気は勝てないことに気付いて2年連続、オグリが秋天初挑戦した88年からは6年連続で1番人気が飛んだのだ。
これで、自信を持たない方がおかしい。
そして、部屋に戻った男は筆をとった。
『秋天の1枠1番の1番人気は消し!』
88年のオグリも1枠1番、そしてライスも1枠1番だったのだ。
そして、自信が確信に変わった1994年―
1番人気は、ナリタブライアンのお兄ちゃんのビワハヤヒデ。
だが、ビワは芦毛である。
男は部屋に戻ると3年前に一筆認めた紙を神棚から下ろし、大きな文字で書き直した。
『秋天の1番人気の芦毛は勝てない!買わない!買ってはいけない!絶対に!』と。
以降、男は秋天の1番人気を消して馬券を買い続けた。
『消せば、飛ぶ』の繰り返しだった。面白いように1番人気が飛んでくれた。
95年は、またまた『感動の復活劇よ再び!』を期待されたナリタブライアン、96年は『これは勝たれても仕方ないか・・・』と実は内心自信がなかったサクラローレルだったが、ノリのヘグリのお蔭で助かった。97年は1番人気のバブルが2着に入ったものの勝てはしななかった。
これで、10年連続で1番人気が飛んでしまった。
そして、悲劇の1996年11月1日―
圧倒的1番人気に指示されたのは、1枠1番のサイレンススズカ。
誰もが胸のすくような逃亡劇を期待していた。
だが、男は己の信念を貫いた。
なんせ、これまで2回も飛んでいる1枠1番の1番人気なのだ。
世の中には、「三度目の正直」もあれば、「二度あることは三度ある」という言葉もある。
男は、後者を選んだ。
そして、運命の大欅の向こう側―
不思議と『1』に因縁のあるスズカの最期であった。
そして、なんとも後味の悪い結末であった。
男は思った。
『やはり、府中の杜には魔物が棲んでいる。
マックの降着、スズカの悲劇・・・・武は魔物に呪われている』と。
世はバブル崩壊後の真っ只中だったが、この男だけは我が世の春を謳歌しているかのような1997年―
1番人気はローレルで下手こいたノリの芦毛の逃亡者・セイウンスカイ。
ありがたく消させて貰ったら、快く飛んでくれた。
これで、『芦毛の1番人気馬』が飛んだのは、6回目だ。
世の中には「五度あることは六度ある」という言葉がある事を、男は悟った。
そして、ミレニアムの2000年―
ノストラダムスの予言が外れ、幸いにも2000年を迎えることができたのだが、競馬界には一年遅れで恐怖の大王・テイエムオペラオーが舞い降りた。
さすがの府中の魔物も、恐怖の大王には勝てなかった。
が、男は『なあに、たまにはこんなこともあるさ』と、気にも留めなかった。
なんせ、それまで秋天の1番人気は12年連続で飛んでいるのだから、ムリもなかった。
そして、21世紀最初の秋天―
1番人気は昨年に引き続きテイエムオペラオー。
『去年はたまたまだよ、たまたま』と自分に言い聞かせ、大王を消した。
大王は2着に入ったものの、勝てなかった。
『な、やっぱりだ。いくら大王様でも、2年連続で府中の杜の魔物には勝てっこないんだ!』と心の中で叫んだ。そしてホッとした。
翌2002年は中山開催だったので、黙って見ていた。
結果、1番人気のテイエムオーシャンは1着。
男は一人で妙に納得した。
『そりゃそうだろう。なんせ、府中の魔物は中山にはいないんだから』と。
そして、新装・府中となった2003年―
1番人気は昨年の中山秋天の覇者・シンボリクリスエス。
男は全く意に介することなく、消した。
『去年は中山だったからな。府中ではそうはいかないよ。』
だが、結果は男の意に反して・・・・
それでも、男は気にしなかった。
『まあ、府中の魔物も久々だったんで、まだ寝ぼけてんだろうな』と。
そして、世の中がようやくバブルの後遺症から立ち直り始めた2004年―
1着は1番人気のゼンノロブロイ。
男にはバブルの弾ける音が微かに聞こえた。
が、聞こえないフリをした。
男が少し自信を失くしていた2005年―
この年もまた、昨年1着のゼンノロブロイが1番人気に押されていた。
自信を失くしかけていた男は、それでもロブロイを消した。
ヤネは、ローレル、セイウンスカイを飛ばしたノリだったのだ。
ロブロイは2着には入ったものの、勝てなかった。
そして、男は自信を取り戻した。
そして、2006年―
1番人気は牝馬のスイープトウショウ。
この年は簡単だった。
なんせ、牝馬が1番人気である。
男は、秋天を制した牝馬はエアグルーヴしか知らなかった。
『エアほど強いわけではなかろう。』
そのとおりだった。
これで男は完全に立ち直った。
『一瞬、魔物の威力が通用しなくなったと思ったが、取り越し苦労だったな。
まあ、府中の魔物は気まぐれってことだな。・・・って、それじゃあ、勝利の女神じゃん!』と、
我ながらうまいことを言うと一人で越に入っていた。
そして、運命の2007年―
完全復活を遂げた男は自分の目を疑った。
出馬表を見て驚いた。
1番人気は1枠1番のメイショウサムソン。しかもヤネは『Wの悲劇』の武豊。
男は思った。
『これはあり得ない』と。
なんせ、ここまで2回も府中の魔物の餌食にされている武豊。しかも過去3回も1番人気で飛んでいる1枠1番なのだ。
『ここでやらなきゃいつやるんだ!』と、男はこれまでにない大勝負に出た!
そして・・・
その後、男の姿を見た者は誰もいない―。
以上が、府中の杜で語り継がれる『秋天の都市伝説』である。
信じるか信じないかは・・・・と、締め括る前に一片の紙切れを見ていただきたい。
その男が遺していったメモである。
それを見てから、信じるかどうかを決めていただきたい。
みなさんはこのメモを見て何を想うだろうか?
その男の行く末が気になる人もいれば、「なんて愚かな男がいたことか!」と蔑む人もいることでしょう。
でも、そう想った方はこの伝説を信じていることになるのです。
私はこのメモを見てこう想いました。
確かに近年では1番人気馬が勝っているが、過去19年でたったの4勝しかしていない!ので、この男は決して愚かではなかったのだと。
そして、こうも想います。
今年の1番人気は果たして?今年は芦毛馬の出走はあるのだろうか?1枠1番には何が入るのだろうか?と。
そして、この物語の唯一の真実を、最後にお伝えして筆をおくことにします。
そんな
秋天で1番人気を外した馬券を買い続けていた男ですが、その馬券もまた外れっぱなしだったということを。
そして、
その男は秋天の的中馬券を拾ったことがあるということを。
そう、あの日、マックが負けた1991年10月27日に―
信じるか信じないかはあなた次第!
=つづく=