じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

ばうちゃんの涙。

2005-11-14 05:11:23 | 介護の周辺
※「ばう・ばうばう」とは、私の相方=彼氏の仇名です。


土曜の夜、ばうと二人で、軽く飲んで
寝転がって
腕枕でぼんやりしていたら、

突然、こころの糸が、ぷつんと切れる音がした。

絶対言うまい、誰にも言うまい、と
決めていた感情が

どっとあふれ出した。



 「もう、ばあたんが治らないなんて

  病院から出られないなんて、認めたくない。

  本当にもう、一緒に暮らせないの?

  あたしの せいだ

  おばあちゃんの病状が悪くなったの

  あたしのせいだ

  あたし なんてことを」



そういった内容を

ばらばらの言葉で 泣き喚きながら
ものすごい力で暴れて

ばうが、私の身体を抱え込むようにして
「たまちゃん、たまちゃん」
と、押さえ込んでも、止まらなくて



 「ああ、
  せっかくの時間なのに
  こんな迷惑かけたら駄目だ」


頭ではそう思っていても、制御できない。

随分長い時間だったと思う。
気が狂ったように、ひたすら泣き喚き続けた。



**************



と、その時。


ばうの肩がぶるぶると震え、
私の耳元に、温かい雫が落ちてきた。

ばうの喉が、くくっと鳴るのが聞こえた。


我に返って頭を上げようとしても
ばうは、わたしの頭をがっちりと抱え込んで、
離そうとしない。


胸を震わせ、喉を震わせ、声も出さずに
わたしを抱きしめて

ただ温かい雫が、私の耳元に垂れてくる。



「ばうちゃん、泣いているの?」

たずねても、答えない。


自分の顔を触ろうとしたばうの手を
もぎとってみると

ばうは

目と鼻を真っ赤にして
泣き腫らしていた。


思わず

「どうして、泣いているの?」

と訊ねても、ばうは、ただ顔を横に振り、
顔を背けて隠し、
また私の頭を、肩へ抱え込もうとする。


心配になって
逆にばうの頭を抱いて、撫でた。





どのくらい時間が過ぎただろう

ばうが、ぽつりぽつり、と、話す。


 「いつでも、訪ねていったらまず、
  おばあちゃん、ぎゅうっと抱き合ってくれたでしょ。

  一年の間…殆ど毎週、俺を待っててくれた。

  疲れたでしょう、と言っては、
  肩を叩いてくれて。

  二人きりで、何時間も遊んで、
  散歩にだって行ったんだ。

  そういうことを、思うと、辛い。

  俺も、おばあちゃん、好きだよ」


そういって、嗚咽をもらした。

普段はとっても口が悪くて、笑わせようとばかりして
理性的な判断が得意で、、
涙なんて想像も出来ないような人が

大きな大きな身体を震わせて


そうだ。
この人は悲しみを表現することさえ、遠慮していたんだ。
他人だからという、デリカシーで…


しっかりしよう。わたし。しっかりしよう。


こんな、優しい大型犬みたいな
ばうばうが、一緒にいてくれるんだもの。

月と星を衝動買い。

2005-11-11 06:35:02 | きゅうけい
わたしは、少しだけだけど、煙草をたしなむ。

お恥ずかしながら、その、「ほんの数本」がやめられないのだ。

ちょっとしたなお守りみたいな、そんな感じで
普段は、1mgの某メンソールを買う。

(来年から、禁煙外来が保険適用になるので
 それからは実は、禁煙外来に通う気満々である)



だけど、今日は、

まだ買う必要がなかったのに、
つい、違う銘柄に手を伸ばしてしまった。


「月と、青い星」をどうしても、手に入れたかったからだ。



**********



夕方、ふらつく身体で、
祖母のことで事務手続きの書類を出しにいった帰り
コンビニに寄ったら、

ピーチ色の箱に、銀の星が少しだけ散らされている、
可愛らしいパッケージが、たくさん並んでいた。


キャンペーン中らしく、煙草に、何種類かおまけがついている。
ライターとか、リングとか、チャーム…。

この「可愛らしいおまけ」のなかに

月と、青い透明な石―まるで星のような―がついている、
チャームがあった。


前見たときは、我慢した。
でも今日は、どうしても、そのチャームが欲しくて

…300円の買い物。


つまらない買い物をして…って笑われそうだ。
だけど。



女の人らしいものが、欲しかったのだ。どうしても。
それも、ささやかな、ささやかな、目立たないもの。



昔、それこそ高校に上がる前から、
チープなアクセサリーを買い集めるのが、好きだった。
ケースに入れて眺めて、ひとりきりのときにつける
それだけで満足だった。

勤め人の頃には、数こそそれほどなくても(そしてまがいものでも)、
必要な程度は持っていたし、少しは身に着けて楽しんでいた。



それに比べて、今のわたしはといえば、
アクセサリーひとつ買うために お店に入るのも、
ためらってしまう、そんな感じである。

しわこそないけれど、どこかやつれた顔。
化粧もろくにせず、まとめ髪に、めがね。
場所に不似合いな気がして、辛くなってしまうのだ。


祖母の介護で必死だったときは、何とも思わなかったのに
今は、人前に出るのも、恥ずかしくてたまらない。
何か女らしい服装をすることも。化粧も。



 それでも…それでも。
 携帯にチャームをつけて、眺めるくらいなら
 いいかな
 許されるかな


そう思って、ようやっとの思いで手に入れた、
月と星をひとしきり眺めてから、

PHSにつけてみた。


相方が「ばう&たまのホットラインだよ」と
わざわざ買って渡してくれた、たいせつなPHSに。


うれしくて、何度も何度も眺めた。


少しだけ 幸せな気持ちになった。


こんなわたしにも、ちょっとは女の人の心があったみたいです。

じいたんを送り出す、大冒険へ。

2005-11-10 10:02:47 | じいたんばあたん
今日は、ばあたんの見舞いの日なのだが、


ここのところ体調が良くないわたしは、
明け方からずっと、むかつきがひどくて、吐いている。
ばうが、出勤前までずっと、ついていてくれたけれど
一向によくならない。そして発熱。

バスに往復1時間半も揺られるのは、ちょっと無理…。


(昨夜も、早く床に入ったのに、気持ち悪くて眠れず、
 ブログのコメントレスをしていた。
 多分、新しく処方された薬の副作用か、もしくは
 頚椎からきているのだと思う…)



それで、思い切って
じいたんに、お願いするつもりで朝、電話を入れた。

「明日・明後日、伯父さんが出張のついでに寄るので
 明後日一緒にお見舞い行って」

と。


**************


ところがじいたんは

「じゃあ、おじいさん一人で行ってくるよ」

と言ってきかない。

・・・何度一緒に行っても、少し目を離したら
バスの乗換駅で道を間違える、じいたん。
去年、東京駅まで送っていったときだって、散々だったのだ。



「お願いだから、それはしないで。
 でなければ這ってでもついていくから」

というわたしに、じいたんは、言った。


「おばあさんと約束したんだよ。
 おばあさんは、覚えておいでではないかもしれないが、
 約束したから是非、顔を出したいんだよ。

 それに、お前さんにだって、早く治ってもらわなくちゃね。
 おじいさんもおばあさんも、お前さんが頼りなんだから。

 大丈夫、お前さんの分も、おじいさんは今は健康だから
 道を間違えるのも計算に入れて、のんびり行ってくるよ」



…途中駅でのバスの乗換えが、
わたしが一緒についていても危なっかしい、じいたん。

以前バスの中で私がうっかり熟睡してしまい、
じいたんだけバスを降りてしまったときのこと、
…忘れてしまっているのだろうか。


人に道を尋ねたところで、
祖父が90代だということを配慮して話してくれる人は、まれだ。

そして、じいたん自身、左と右をしばしば間違える。
少し用を足して出てくると、もう方角がわからない…


正直、ものすごく不安である。

かといって、私が道端で具合を悪くしたら、立ち往生だ。


仕方なく

何を着ていくべきか(上着など)厳守することをお願いし、
そして携帯の使い方を何度も復習してもらい、
緊急事態じゃなくても何かあればすぐ電話をするよう頼み、

結局祖父一人で出かけてもらうことにした。



******************



正直、心配で余計、参ってしまいそう。
横になっていてもそわそわしてしまって、
今ブログを書いている。


だけど、その一方で
じいたんが「こうしたい」と強く希望することは、
なるべく、望みどおりにさせてあげたい、そう思うわたしがいる。


彼は尊厳を持った、ひとりの人間なのだ。
そして今は、健康なのだ。

(年齢が年齢だけに、一度体調を崩したら
 あっという間に、せん妄が出るレベルまで弱ってしまうにしても)


もし、何かあったら、必ず連絡をくれると信じて、
じっと帰りを待つことだって、
きっと、わたし=介護者の「務め」だ…と無理やり自分を納得させて。


じいたんの年齢を考えれば、
これが最後の「ひとりの遠出」にならない保証は、
どこにもないのだ。

誰だって、自分ひとりで出来ることは、自分でしたいものだ。
介助を受けるというのは、基本的に快適なことではないのだから。


それに、

もしこれで、じいたんがが無事行き帰りできたら、
彼にとって記念すべき出来事になる。

じいたん一人でそんな遠出をするのは、はたして何年ぶりだろう。


じいたんが、
無事、行って、帰ってきてくれますように…
夕方まで祈るしかない。

そして、自信をつけてくれれば。
そう思う。

正月三日以来の、丸投げ。

2005-11-09 00:24:35 | 介護の周辺
一週間前の木曜。

本来なら毎週、木曜は、じいたんと二人
ばあたんを見舞う日だ。


ところが前日、従妹(一番若いの)から連絡があり、
従妹(若いのの姉。赤ちゃん産んだ子)と二人、
私とじいたんと一緒に見舞いに行きたいとのこと。

けど、色々話が行き違い、状態は錯綜。

夜遅く、やっと予定が決まる。
従妹たち(←姉妹)と赤ちゃんと、とある駅で合流する約束になった。


そして朝になって。
従妹たち&叔母の夫(彼女達の父親)が
車で迎えにくる、と
朝、いきなり予定変更が入った。


ここでなんかもう、ぐったりしてしまった私は、
思い切って、祖父を任せてお休みさせてもらうことにした。


翌日にはまた受診。
…必要以上にくたびれるのはちょっと避けたい。

ばあたんのケアは、
年長の従妹がいればなんとかなるだろう。
それに、今、あまり人前に出たくないという、私の本音と。

良く考えたら、
…実に今年の正月以来のことだ。

祖父母の介護(というほどの仕事は今日はないけど)を
叔母一家に代わってもらえる一日となった。


本当は、丸投げするのは、かな~り心配だったりするのだけれど、
「その心持がよろしくないのかもしれない」と
ふとわが身を振り返ってみた。


「いい大人が三人もいるのだから、何とかするだろう^^;
 あかんかったら、タクシーで飛んでいけばいいねん!!^^;」


そう思って、自宅で一人、布団にくるまっていた。

途中電話が何度か鳴り、ちゃんと受け答えをしたのは覚えているが、
それでも後は、久々に
夢もみず、ひたすら惰眠を貪った。


だって
私が寝ていても、祖父は一人じゃない

祖父の可愛がっている孫娘たちに囲まれて、
しかも
細かいところに良く気のつく
叔母の夫もついているのだから。


***************


帰りに、叔母の夫と従妹達が、わたしの自宅に立ち寄ってくれた。


叔母の夫の顔は、ひどくやつれて見えた。

うつ病で入院中の彼女のことで、心を痛めているのだろう。

涙が溢れてきた。

どれだけ孤独で大変だっただろう。
初めての、妻の病気。晴天の霹靂。

彼女をなかなか入院させないで
あるいは入院後も
時々、話したいことだけ話して電話を切ってしまう
叔母の夫に

慰めたり、意見を言ったり、
自分なりに出来ることをさせていただきつつも、

正直、ちらりと
苛々したりしていた私だったけれど。


看病をする人の持つ、どうしようもない悲しみ
…側にいてもたいしたことは何もできなくて、そして
側にいなければ分からないことを沢山一人で抱え込む辛さ

それを
叔母の夫と私は、ある意味共有しているのだった。


彼らが帰りついた頃に、電話を入れた。

「ありがとう、本当にありがとう
 わたし、心から安心して、夢も観ずに眠れたの
 本当にありがとう。」

そんなことで、喜んでもらえるのか

叔母の夫はとても、意外そうだったけれど

でも、喜んでくれた。

すれちがっていた気持ちが、少しだけ距離を縮めた
そんな気がした。


たまには、たまには
「丸投げ」もいいものなのかも、しれない。

宣言。

2005-11-08 23:37:35 | Weblog
いま、あなたに嫌われようが、見損なわれようが
わたしは生きていけるでしょう。

(多少、不具合が生じるにせよ)



だけど

今、書くことを取り上げられたら、
わたしは確実に、駄目になるでしょう。

たとえあなたに、本意が通じないとしても。


わたしは、わたしのために



わたしが生き残れる道を選びます。

うれしい行方不明。

2005-11-01 22:28:01 | じいたんばあたん
先週の、ある、お昼のこと。

今から行くね、と電話をかけたら、じいたんがいない。
トイレかな、と思い何度か掛けたが、出ない。

マンションのフロントに、チェックをお願いしたら
鍵をかけて外出していると教えてくれた。
(住まいの中に人がいるか、確かめられるシステムがついているのだ)

心配になるとじっとしていられない。
めまいを抑えながら、自転車に飛び乗り、駅前へ。

郵便局、本屋、コンビニ、目医者、歯医者、薬局、果物屋、公園…
行きそうなところを探すが、いない。
電話も、もちろん繋がらない。


…どこ行っちゃったんだろう
…あたしが、いつまでも調子が戻らないから、
…気を、遣わせたんじゃないか


ただでさえ落ち込みがちなところで
疲れてしまって、とぼとぼ歩いていたら、
空耳で、ばあたんの言葉が、ふわっと聞こえてきた。

「おじいさんは、囲碁きちがいなんだから」


・・・あ!

もしかして…
マンションの中にある碁会所か!?

急いで祖父母のマンションへ。
ガラスで出来たドア越しに、中をのぞいてみると


…いた。じいたん。


生き生きとした、昔のままの、じいたん。
わたしが横に立っても気づかないであろう位、
集中しているとき独特の、横顔。


ガラスが吐息で白くなる。
涙でだんだん、視界がぼやけてくる。


他の住人やフロントの人に変に思われる。
結っていた髪を下ろし、顔を隠すようにして
マンションの裏口から自宅へ戻った。


**************


帰ってくる頃…夕食後を見計らって、じいたんに
「今から行くよ」と電話を入れた。


じいたんは、うれしそうに話してくれた。

「お前さん、おじいさん久しぶりに、2階の碁会所に行ってな。
 二回対局して、二回とも勝ったんだよ。

 おじいさんは、歳をとって、
 できないことも増えてきたけれど
 囲碁はまだまだ、大丈夫みたいだよ」


うんうん、と笑顔でうなずきながら、わたしは
こころのなかで、呟いた。


囲碁だけじゃないよ、じいたん。

わたしに、いろんなことを、教えてくれるじゃない。
ささやかに見えるけど大切なことを、伝えてくれるじゃない。

生きていてくれるだけで愛おしい
そういう気持ちを 与えてくれるじゃない。

それは、まぎれもなく
じいたんが今、生きているということの、証なんだよ。