じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

うれしい行方不明。

2005-11-01 22:28:01 | じいたんばあたん
先週の、ある、お昼のこと。

今から行くね、と電話をかけたら、じいたんがいない。
トイレかな、と思い何度か掛けたが、出ない。

マンションのフロントに、チェックをお願いしたら
鍵をかけて外出していると教えてくれた。
(住まいの中に人がいるか、確かめられるシステムがついているのだ)

心配になるとじっとしていられない。
めまいを抑えながら、自転車に飛び乗り、駅前へ。

郵便局、本屋、コンビニ、目医者、歯医者、薬局、果物屋、公園…
行きそうなところを探すが、いない。
電話も、もちろん繋がらない。


…どこ行っちゃったんだろう
…あたしが、いつまでも調子が戻らないから、
…気を、遣わせたんじゃないか


ただでさえ落ち込みがちなところで
疲れてしまって、とぼとぼ歩いていたら、
空耳で、ばあたんの言葉が、ふわっと聞こえてきた。

「おじいさんは、囲碁きちがいなんだから」


・・・あ!

もしかして…
マンションの中にある碁会所か!?

急いで祖父母のマンションへ。
ガラスで出来たドア越しに、中をのぞいてみると


…いた。じいたん。


生き生きとした、昔のままの、じいたん。
わたしが横に立っても気づかないであろう位、
集中しているとき独特の、横顔。


ガラスが吐息で白くなる。
涙でだんだん、視界がぼやけてくる。


他の住人やフロントの人に変に思われる。
結っていた髪を下ろし、顔を隠すようにして
マンションの裏口から自宅へ戻った。


**************


帰ってくる頃…夕食後を見計らって、じいたんに
「今から行くよ」と電話を入れた。


じいたんは、うれしそうに話してくれた。

「お前さん、おじいさん久しぶりに、2階の碁会所に行ってな。
 二回対局して、二回とも勝ったんだよ。

 おじいさんは、歳をとって、
 できないことも増えてきたけれど
 囲碁はまだまだ、大丈夫みたいだよ」


うんうん、と笑顔でうなずきながら、わたしは
こころのなかで、呟いた。


囲碁だけじゃないよ、じいたん。

わたしに、いろんなことを、教えてくれるじゃない。
ささやかに見えるけど大切なことを、伝えてくれるじゃない。

生きていてくれるだけで愛おしい
そういう気持ちを 与えてくれるじゃない。

それは、まぎれもなく
じいたんが今、生きているということの、証なんだよ。