じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

泣き言。(2)

2005-09-22 01:53:45 | ブラックたまの毒吐き
ばあたんのいない「敬老の日」などを何とかやり過ごし、

(この前後はまた、素晴らしいことがいっぱいあった。
 記事にまだできないけれど)

先日も見舞いにゆき、
・・・でも、記事が書けなかった。


何を表現したいのか分からないまま、

今日などは
明け方からずっと、夜までひたすら眠り続け、
ストーリーのしっかりとした、でも「不可解な」夢を
みつづけた。




今、この時間になって、ふと気づいた。




…連れて帰りたい。
ばあたんを、早く連れて帰りたい。

どこへ? 今の家へは無理だ。
もう彼女には。
どこへ?


そう、彼女の症状を抑えるだけじゃなくて、
あらたな住まいを検討し、用意する、時間稼ぎのためにも

今は耐えなきゃ、駄目、分かっている。
だけど、ごめんなさい、
わたしは



つらい。つらい。つらい。
ごめんなさい。
こんなことを書きなぐっていいのかわからない、
ここは公共の場で、

でも、この言葉を出さなきゃ、次に進めない。

わたしは、
いま 泣かないと 前へ進めない。

ごめんなさい、わたしはこんなにも 弱い。



ばあたんが、いない。
ばあたんの側に、いられない。

つらい。



外へ、出るのも、つらい。



いま、
街のどこを歩いても、

ばあたんと散歩していた過去の私が、
元気だった頃の、過去のばあたんが、
そこにはいる。


本屋に気晴らしに、何かを漁りにいっても、

去年はとなりにいた、ばあたんが、
今は、いない。
ばあたんが、いない。


「もう二度と、ここを二人で歩くことはないのか」

そう思うと、

打ちのめされて、一歩も前へ進めない。
玄関から出る行為さえ。



…そうか、だから部屋から出られないのか。



みっともない。全くみっともないよ。わたし。
馬鹿野郎だ。
一番辛いのは、あたしじゃないんだよ。



それでも。
この気持ちを書き残して、先へ進もう。


抱えたままで うずくまっているわけには いかないの。

泣き言。(1)

2005-09-22 01:53:13 | ブラックたまの毒吐き
病院へ見舞いに行くたび、ばあたんは、
側にいる数時間の間、
感情の「晴れと雨」が激しく入れ替わる。

じいたんなどはしびれをきらしてしまう
(それは「夫」として当然だと思う)けれど、

わたしは、そんなばあたんが、
愛おしくてたまらない。



会話も殆ど成り立たなくなってしまった。

ばあたんが言いたいことも、分かりづらく、
また、
わたしの言葉を、理解してもらうのも、難しくなった。

ばあたんが入院している病院のスタッフも、
皆が全員痴呆への対応が上手いわけではなく、
好きでこの仕事をしているわけでもない。

だからなおさら、ばあたんの苛立ちと悲しみは
私が来たとき、ダイレクトにわたしにぶつけられる。

でも、その痛みさえ、いとおしい。


***********************


ここまで症状が進行しても、まだ、通じる言葉がある。


「たまちゃんは、おばあちゃんが、大好きだよ。
・・・愛してるよ。」


ばあたんは、必ず、返してくれる。
もう、言葉も殆ど通じない状態なのに、これだけは。


「おばあちゃんも、たまちゃんが、大好きよ。」



一昨日の見舞いの日、
病院のスタッフの方や、他の見舞い客、
何人もの人に、言われた。

「"たまちゃん"ですよね。
 おばあさまが、いつも、お名前を呼んでおいでですよ」



・・・ちくしょう、なんで、

なんで、こんな真夜中すぎの時間に、
こんなことを、思い出すねん。

これじゃ記事もコメント返信もでけへんやん。