カプチーノノート cappuccino note

日々更新。ネタ探しの毎日。今日もいいことありますよ。

「悪魔の手毬唄」再考

2018-08-11 | 金田一耕助もの

NHKのシリーズ深読み読書会で「悪魔の手毬唄」の犯人の動機について話していました。

1 妻としての嫉妬、2 近親婚を防ぐ、3 芸人としての嫉妬

そして犯人はサイコパスなのだというお話でした。

なんでもサイコパスにしてしまえば、すべてかんたんなんですけれどね。

でも、なんか引っかかるんです。で、ずーっと考えたんですけれど、こんな考えが出てきました。

何かミスしてしまったとき、しくじったとき、一番望むことはミスする直前に戻りたいということです。

犯人にとって最初の殺人は、激情にかられてしてしまった大きなミスでした。

そのために、娘は赤あざをもって生まれ、放庵には弱みを握られ、ずっと田舎の温泉にしばられて生活しなければならなくなりました。

彼女はずっと考えていたはずです。もう一度人生をやり直したいと…。

さて、ではいつに戻ればよいのでしょうか。

最初の殺人の直前でしょうか?いいえ、違います。

恩田幾三が鬼首村でいろんな女性に手を出す前でなくてはなりません。

放庵、恩田幾三が産ませた三人娘をこの世からなくすことで、犯人はもう一度人生をやり直せると思ったのではないでしょうか。

そのためにずっと計画を練ってきたのです。犯人を放庵に見せかけ、三人娘を殺す。

手毬唄の奇妙な符合もあり、大空ゆかりの帰郷、金田一耕助の温泉逗留という絶妙のタイミングで事件は起こったのでした。

このうち、一つでも欠けたら、事件は起こらなかったのでした。

という解釈はどうでしょうか。こんなに考えさせるんだから「悪魔の手毬唄」は傑作なんですね。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 金田一耕助シリーズ#11「悪魔... | トップ | こんちゃん発売 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

金田一耕助もの」カテゴリの最新記事