にわとりのにわ a hen's little garden

歌うたい時々クラリネット吹きの日高由貴のblog。
ちいさなこころのにわの風景をすこしずつ書きとめていきたいです。

いまだ生まれぬもの

2006年02月23日 | 日々のこと
何年か前、なかなか修士論文が書けず、
将来の見通しもまったくなく、
とても苦しかった時期がありました。

そんなときに出会って、涙が出るほど嬉しかった文章がいくつかあります。

そのひとつは、ノーマ・フィールドさんという方の書かれた
「教育の目的」という文章で、
シカゴ大学の入学式で新入生を対象に行なわれた講演の記録です。

講演のなかで、ある児童書編集者がひとりの絵本作家の卵に宛てた手紙の
言葉が引用されています。

「けっして忘れてはいけませんよ。あなたが私に語ったことは、あなただけが知っている何かだということを。ほかにはだれひとり、あなたの知っているのとぴったり同じようには知らないのです。だからこそ、あなたが自分の考えと感情を絵本のかたちにして書きあらわすことが、とても重要なのです。」(p.97)

ほかにはだれひとり、わたしが知っているのとぴったり同じには知らない。

すぐにひとと比べて劣等感を抱きやすいわたしにとって、この言葉は何よりの祝福であり、励ましでした。

もうひとつ、この文章の中で心に響いたのは、次の言葉でした。

「いま私の念頭には、何年も昔に取った詩の授業での先生の言葉があります。彼は現役の詩人でしたから、書くことの苦闘について語ってくれました。それを愛という言葉を使って表現したのです。わたしの記憶では、彼はこう始めました、I love you so much― 〝you"が何だったにせよ、それは彼が詩のなかで手に触れるか摑むかしたかった何か、ほんとうは、いまだ生まれぬ詩それ自体だったのだと思います―きみをこんなに愛しているから、ぼくはいくら不器用で、知らないことが多くても、きみを諦めることはできないし、諦める気はない、と。」(p.109)

「あなたがた一人ひとりがシカゴ大学にいるあいだにこのような愛を発見し摑みとる経験をなさるよう、願ってやみません。その愛はあなたがたに勇気を与え、あなたがたの全存在に生気を吹きこみ、「あなただけが知っている」とはどういうことかを学ぶのを助けてくれるでしょう。そうすれば、その知は、他の人びとと共有され、世界のなかへと伸びひろがっていくことができ、そこからまたあなたがたのところへ、さまざまにかたちを変えてもどってくるのです。」(pp.109-110)

ひとりひとりの中にある、いまだ生まれぬもの。
きらきらしたもの。生き生きと脈打っているもの。

この文章を読んだとき、わたしは自分の胸のなかに、
あたたかくてやわらかい何かがたしかに息づいていることを感じたのでした。

きのう、博士論文を出された先輩のお話を聞いて、
ひさしぶりにこの文章を思い出し、今日読み返してみました。

これからも、自分を見失いそうになったときには
そっと手に取りたいと思います。



ノーマ・フィールド/大島かおり 訳「教育の目的」
(『祖母のくに』みすず書房、2000年。)

初出:『みすず』第456号、1999年3月。
"Aims of Education Address",The University of Chicago Record, Volume 33,Number 1,October 29,1998ⓒThe University of Chicago,1998.

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2 コメント

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ありがとうございます (ゆき)
2006-02-26 12:01:32
ふぃるさん。

コメントありがとうございます。



音楽でも、研究でも、

ふと気がつけばひとと比べてしまっている自分がいます。自信を失くしているときは、とくにそうです。



ここ何日かは、とくにその波がひどくて、

自分しか見えず、がんじがらめになっていました。



大切なことを思い出させてくださった先輩に感謝しています。



これからも、波は何度でもやってくるでしょうけれど、波に翻弄されてしまわず、自分の中のいまだ生まれぬものをこころから愛して、ゆっくり大切に育てていきたいですね。



博論、たいへんだと思いますが、がんばってください。遠くから応援しています。
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素敵な言葉ですね♪ (ふぃる)
2006-02-26 11:10:19
最近、10年年上の先行研究者を勝手にライバルと想定して、色々焦っている(爆)私にとっては深く自省する言葉ともなりました。

大切なことは、人と比べることではなく、自分の中にある「いまだ生まれぬもの」をどうやってベストの形で表すことができるのか、ということなんですよね。

そのことを教えてくれたゆきさんの日記に、心から感謝します♪

博論を書く身として、私も、この言葉を忘れずにいたいと思います。
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