goo blog サービス終了のお知らせ 

家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

カリン酒とガマズミ酒

2015-11-25 08:12:27 | Weblog
妻の甲府の友人宅の玄関脇の木に実がなっている。

「あれは何?」と聞くと

「カリンよ。持って行ってもいいよ」と答えが来た。

さっそく木に登って取ろうとするとご主人が脚立を用意してくれた。

私はブロック塀によじ登って取ろうと思っていたのだが何かあってはいけないと考えたようだ。

私は春野で何度も木によじ登っているので慣れているのだが、ここはお言葉に甘えて脚立を使わせてもらった。

脚立からブロック塀に乗り移っただけだが。

実を全部取った。

けっこうたくさん収穫してきた。

それを切って焼酎に漬けこんだ。

ボトルは4本にもなった。

しばらくして春野にガマズミの実がなっていることに気がついた。

この実も焼酎に漬けこんでみようと思い立った。

ガマズミの実は、きれいな赤。

真っ赤っか。

少し古いのは萎び始めている。

若い実だけを取って、その実の量に合わせた氷砂糖を入れて、そこに焼酎を注いだ。

翌朝見るとガマズミの実の赤が溶け出していた。

氷砂糖の上が少しピンク色になった。

透明だった焼酎が一晩で色を着けた。

その容器越しに全てがピンクに見える。

「きれいだなぁ」と感激する。

そういえば2013年に漬け込んだヤマボウシ酒があったはずだ。

ハチとケンカしながらヤマボウシを取ったのを覚えている。

あれは、あのままで、まだ飲んでいなかったなぁ。

すると、これもそのままになるのかなぁ。

ガマズミ酒は日に日に赤を濃くしている。

どこまでの赤になるのか興味深い。






干し柿

2015-11-23 09:23:38 | Weblog
例年のごとく干し柿を作るのだが今年は少し遅め。

暖かい日が続きカビたり腐ったりしてしまいそうだったから。

増穂にあるもちづき農園に買い出しに行く。

見晴らしのよい場所にあるもちづき農園は家族全員健康的な笑顔で迎えてくれる。

「こんな空気でこんな景色を見ていたら健康になるわな」

今年は量を少し減らした。

食べる人が減ったことと天候不順で失敗する可能性を考えたからだ。

いつも通り干した人たちは、ことごとく失敗したと言っているし暖かいだけでなく雨も多すぎる。

農園では、いつものようにラ・フランスをはじめ、いろいろ試食試飲させてもらった。

その上完熟してしまった売り物にならない柿をたくさんもらった。

さらに妻の草木染めを覚えていてクルミの殻も用意してくれてあった。

量は減ったが作業は、やはりたいへんだった。

妻が皮をむき私がヘタを縛り熱湯に漬けてベランダに干す。

それを約2時間繰り返した。

作業を終えてみると妻は包丁の使いすぎで手が痛くなり私は腰が痛くなった。

寒いのは嫌いだが、もう少し寒くなってもらわないと困る。

これから雨が降りそうになると部屋に取り込み晴れたら外に出すということが必要になる。

美味しいものを、より美味しくして、かつ長持ちさせるには手間が必要だ。








母の一周忌

2015-11-17 16:10:09 | Weblog
東京に行ってきた。

いわゆる母の一周忌だ。

私は無宗教なので戒律や慣習にとらわれることなく家族の都合の良い時に、集まれる人が集まって供養する。

もちろん坊さんや神主は来ないし親類も呼ばない。

まして決まった形式などあろうはずがない。

それは母も承知している。

既に、そのやり方で過去に母も参加してきたからだ。

無宗教とは言ってもご先祖様たちを敬う気持ちは充分にあるし「お陰さま」という気持ちは強い。

母を失ってみて私は家系の一部であるという思いを強くした。

父母から私に、そして次の世代に受け次ぐ。

実際には祖父母の顔しか思い出さないが、その先には膨大な数の祖先がいる。

その一コマとしての自分と思うようになった。

浜松では姉の家族と集まった。

子供も参加したので、それぞれ母に報告する形で進めた。

子供たちは身体も精神的にも成長が著しい。

報告事項はたくさんあった。

和やかに美味しいものを食べて、たくさん話す。

それがまさに母の望んでいたことだ。

先日は私の息子たちとその妻が集まった。

母の命日からは少し離れたので「母を偲ぶ会」ということにした。

長男紹介の店で古民家風の個室に集い静かに楽しく行った。

東京は大人ばかりなので皆の近況報告を母に聞いてもらうという形になった。

仲の良い家族といっても「集まったから出てくる」という話題もある。

やはり集まって顔を見ながら話すということが必要であり母などの「鬼籍に入った先祖のため」というきっかけが鍵になる。

忙しすぎる毎日を送っている彼ら。

こんな機会でもなければ、わざわざ集まるなど思いもしないはずだ。

亡くなっても、まだ母のおかげでと言えることが嬉しい。

真面目に強く生きていることが私の自慢であり母の自慢でもあり我が祖先の望みでもあるはずだ。

このイベントの終了は墓参りという形で締めくくった。

雨が降ることは分かっているがそれでも墓石に水をかけてきれいにする。

私の心の中の汚れを洗い流す気がした。





ミツバチの箱2作目

2015-11-12 12:19:51 | Weblog
ミツバチの箱2作目と3ヶ所目の設置をした。

数字が合わないのではない。

1回の制作で数個の箱ができる。

1作目では6個の箱ができて2ヶ所に3階建てを設置した。

そのうちの1ヶ所にミツバチが入居して、どんどん巣を大きく拡大した。

拡大に合わせて巣の拡張の必要が生じた。

入っていなかった箱の一つを1ヶ所目に継ぎ足して4階建てにした。

新しく作った箱は全部で5箱。

2階建てとして残った物に新しく作った1箱を足して別の場所に設置した。

また新たに作った箱のみを3階建てにして設置したのが3ヶ所目だ。

新しい箱の裏側には覗き窓を作っておいた。

フタを開けると、もちろんアクリル板越しではあるが中が見える。

ミツバチの様子や巣の状態が一目瞭然というわけだ。

便宜上今入居のある箱を一号。

新たな箱と以前の箱を共用した箱を二号。

全く新しい箱のみで設置したものを三号とした。

一号は今まだ活発に活動している。

幼虫のエサとなる花粉を着けて巣に戻る働きバチもいるから、まだ卵を生み続けてしているらしい。

最近の花粉はオレンジ色っぽい。

何の花粉かは分からないが、それによって育ちの善し悪しが変わってくるのではないだろうか。

巣に近づく私に体当りしてくるミツバチもいる。

「近づくな」という警告であろう。

だがかまわず見続ける。

とても可愛いのである。

私の体にぶつかっていくだけで刺すことはしない。

これで来春の準備はできた。

あとは今いるミツバチがちゃんと越冬してくれることを祈る。

「熊が箱を開けて蜜を舐めていた」なんてことにならなきゃいいが。

「分蜂でいなくなっちゃった」という心配は来年の春以降のことだ。







ミツバチの箱2作目

2015-11-12 12:19:51 | Weblog
ミツバチの箱2作目と3ヶ所目の設置をした。

数字が合わないのではない。

1回の制作で数個の箱ができる。

1作目では6個の箱ができて2ヶ所に3階建てを設置した。

そのうちの1ヶ所にミツバチが入居して、どんどん巣を大きく拡大した。

拡大に合わせて巣の拡張の必要が生じた。

入っていなかった箱の一つを1ヶ所目に継ぎ足して4階建てにした。

新しく作った箱は全部で5箱。

2階建てとして残った物に新しく作った1箱を足して別の場所に設置した。

また新たに作った箱のみを3階建てにして設置したのが3ヶ所目だ。

新しい箱の裏側には覗き窓を作っておいた。

フタを開けると、もちろんアクリル板越しではあるが中が見える。

ミツバチの様子や巣の状態が一目瞭然というわけだ。

便宜上今入居のある箱を一号。

新たな箱と以前の箱を共用した箱を二号。

全く新しい箱のみで設置したものを三号とした。

一号は今まだ活発に活動している。

幼虫のエサとなる花粉を着けて巣に戻る働きバチもいるから、まだ卵を生み続けてしているらしい。

最近の花粉はオレンジ色っぽい。

何の花粉かは分からないが、それによって育ちの善し悪しが変わってくるのではないだろうか。

巣に近づく私に体当りしてくるミツバチもいる。

「近づくな」という警告であろう。

だがかまわず見続ける。

とても可愛いのである。

私の体にぶつかっていくだけで刺すことはしない。

これで来春の準備はできた。

あとは今いるミツバチがちゃんと越冬してくれることを祈る。

「熊が箱を開けて蜜を舐めていた」なんてことにならなきゃいいが。

「分蜂でいなくなっちゃった」という心配は来年の春以降のことだ。