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歴史は人生の教師

高3、人生に悩み休学。あったじゃないか。歴史に輝く人生を送っている人が。歴史は人生の教師。人生の活殺はここにある。

ウバリ尊者②(ウバリ裁定)

2009年04月18日 | 釈迦十大弟子
ウバリ尊者②(ウバリ裁定)

教団内では、しばしば揉め事が起こり、
言い争いや、ちょっとしたトラブルなどがあった。
そうしたとき、どちらがどのように悪いのかを判断するのに、
戒律に照らし合わせて協議した。
そうしたとき、真っ先に呼ばれたのがウバリだった。
彼が、すべての戒律を覚えていたことと、
その解釈の仕方が正当であったからである。

特に有名なウパリ裁きは、ある尼僧に関してのこと。
その女性は、ある長者の家に嫁いでいたが、
もともと出家したいという願いを持っていた。
やがて主人を説得して出家した。
ところが、その尼僧は妊娠していたのだ。
尼僧教団の戒律では、妊娠している女性は出家は許されない。
出家を許したのは提婆だった。

このころの提婆は、まだ真面目に修行していたのである。
普通は、女性が出家したいと願い出たときは、
妊娠の有無を確かめてから、許すことろを怠った。
提婆は、困り、その尼僧を追放しようとしたのだ。
これには、他の尼僧たちが反発し、お釈迦様に訴え出た。

お釈迦様は、ウパリに問題の決着をつけるよう、
命じられたのである。
ウパリは、問題の尼僧と提婆を呼び
他の尼僧や多くの弟子たちの前で、裁定をした。

「この尼僧の妊娠は出家前です。
 しかも、彼女は、自分が妊娠していることを知りませんでした。
 したがって、尼僧の規律を犯してはいません。
 一方、提婆は、女性の妊娠の有無を確認することを怠りました。
 これには、罪があります。」

この裁定にお釈迦様も満足し、
妊娠している尼僧に庵を設け、
他の尼僧たちで面倒を見ることを命じられたのある。

やがて、その尼僧は男の子を産み、
その子は、ある王家へと引き取られ、
やがて出家し、お釈迦様の弟子となったのです。

ウパリは、こうした揉め事を戒律に乗っ取って裁定を下す
という役目を負っていた。
彼の裁定は、誰もが納得するものだった。



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