善導大師⑩(嘉祥-三論宗)
嘉祥吉蔵(549年~623年)
三論宗再興の祖
三論宗というのは
『百論』『中論』『十二門論』の経論に依って
嘉祥が打ち立てた宗派である。
嘉祥は南京で生まれた。
家は代々、仏教を信奉していたが、
出家していた父の道諒は、
いつも吉蔵を連れて興皇寺法朗の法席に参加した。
それが縁で吉蔵も出家し、法朗(507-581)の弟子となる。
吉蔵は聞くに随って領解し、悟ること
天真(=うまれつき)の如くであったといわれている。
陳の桂陽王は、そんな吉蔵を深く尊敬し、
その教えを味わい奉じたという。
陳が滅んで隋が江南を統一すると、
吉蔵は開皇9(589)年から会稽の嘉祥寺に止宿。
以後七、八年間、三論(中論・百論・十二門論)
の講述と著述に専念。
三論宗の教義を組織大成した。
嘉祥吉蔵(549年~623年)
三論宗再興の祖
三論宗というのは
『百論』『中論』『十二門論』の経論に依って
嘉祥が打ち立てた宗派である。
嘉祥は南京で生まれた。
家は代々、仏教を信奉していたが、
出家していた父の道諒は、
いつも吉蔵を連れて興皇寺法朗の法席に参加した。
それが縁で吉蔵も出家し、法朗(507-581)の弟子となる。
吉蔵は聞くに随って領解し、悟ること
天真(=うまれつき)の如くであったといわれている。
陳の桂陽王は、そんな吉蔵を深く尊敬し、
その教えを味わい奉じたという。
陳が滅んで隋が江南を統一すると、
吉蔵は開皇9(589)年から会稽の嘉祥寺に止宿。
以後七、八年間、三論(中論・百論・十二門論)
の講述と著述に専念。
三論宗の教義を組織大成した。