満月通信

「満月(バドル)」とは「美しくて目立つこと」心(カリブ)も美しくなるような交流の場になるといいですね。

四人の姉妹①

2008-01-14 | 預言者の娘たち
بسم الله الرحمان الرحيم
السلام عليكم

家と両親


マッカの聖域に隣接した地域、カアバをとり囲む地区には、他部族の居住を許さず、その栄誉を独占するかのごとくクライシュの家々が建ち並んでいた。その中の一軒に若き花婿ムハンマド・イブン・アブドゥッラー・アルハーシミーを迎え入れた家があった。この家こそ、その後15年を経たカドルの夜(ラマダーン月の27日、クルアーンの下った歴史上の一夜)に、最後の預言者として天啓を授けられたムハンマドが、震えおののきながら真っ青になってヒラーの洞窟から駆け戻った歴史的な家であった。この家は道路より低く、何段かステップを降りていくと通路があり、その左側は地面より1カダム(フィート)ほど高く盛り上がった空地のような庭になっていた。そこが長さ10m、幅4mであった。右側に小さな戸口があり、二段ほど登って行く。この戸口は幅2mほどの狭いホールに通じていて、そこにドアが3つあった。最初のドアは左側にあり、開けると6m四方ほどの小さな部屋になっていた。この部屋を預言者ムハンマドは礼拝のために使用していた。正面のドアは奥行き六m、幅4mほどの広間で、ここが夫婦の寝室であった。3番目のドアは入口の右側にあって、この部屋は奥行き7m、幅4mの長方形で、娘たちの部屋になっていた。家の北側に沿って広い空地が続き、広さは16m×7mで、1mほど地面より高くなっていた。ここはハディージャ夫人が結婚前に商品や資材を保管しておいた場所で、結婚後は商いから手を引いたため、この広場は客人の応対の場に使われた。この家にムハンマドは迎えられた。ハディージャ夫人が代行としてシリアヘの交易の旅にムハンマドを選んだ初めての出逢いの日に。そして再びその旅から戻った日に・・・。ムハンマドを迎え出たクライシュのこの佳き夫人が胸を高鳴らせ、その気高い姿に心うたれた日であった。そして象の年(アビシニア軍が象を使ってマッカに浸入したが、つぶての雨が降って退却した年、西暦570年。ムハンマドはこの年に誕生した)から25年が過ぎた年、啓示が下る15年前のある日のことであった。この家にタンバリンが鳴り響き、クライシュの高貴な若者とクライシュの富める貴婦人ハディージャ・ビント・ワワイリドが人々の祝福を受けて結ばれたのだった。幾日もマッカの人びとの間はこのカップルの話でもちきりとなった。お祝いの慶びだけが話題を集めた訳ではなかった。突然の出来事だった上、ハディージャ夫人に再婚の意志があろうとは思いもかけぬことだったので、人びとの驚きは一層であった。彼女はクライシュの由緒ある家柄の男たち、マッカの富豪たちからの申し込みも、すげなく断ってずっと1人暮しの生活を続けてきた。誰ひとり、25歳のムハンマドが40歳になるこの資産家の未亡人の夫に選ばれるとは想像もしなかった。この時クライシュの男たちは、財産もない青年が自分たちをさしおいて資産家の佳人と結婚するのを苦々しく思ったかもしれない。また、恐らくハーシム家の乙女たちも、二度の結婚歴のある婦人が若く花のごときハーシム家の乙女たちの前から有望な青年を奪ってしまったことを、いつまでも心残りに語り合ったことだろう。しかしながら、あれこれ言う人びとも本気になって豊かな貴婦人であるハディージャがムハンマドに相応しくないとか、血筋の良い好青年ムハンマドはハディージャに相応しくないとか、目角を立てていたわけではない。彼らの話題にしても、ハディージャは40歳に達した金持ちの中年の婦人、一方の彼は25歳の貧しい青年で、あまり釣り合わないと言ったくらいのものであったろう。誰もが一時驚いたものの、ふたりの間の貧富の差も、年齢の差も、もはや騒くほどのことではなかったのだろう。問もなくマッカの人々の夜のお喋りのひととぎにその話がもち出されることはなくなった。ときたま何かの折に思い起こされ、遠い話題となったが時とともに消えてしまった。恐らく、当時人びとが想起したとしたら26年前のこと、ハディージャの従姉にあたる、やはり金持ちであった婦人が、同じょうに貧しいハーシム家の青年を選んで結婚を申し込んだことがあったという話であろうか。この婦人はルカイヤ・ビント・ナゥファルでワラカの妹(あるいは姉)であった彼女はアブドゥッラー・イブン・アブドルムッタリブが父親の誓に従って犠牲に捧げられようとした後に、カアバから戻ってくる彼に出逢い、その姿に噂に聞いた待たれている預言者を偲ばせる神々しい光を見た。そして彼の身代わりに犠牲に捧げられたという百頭のラクダにみ合う額を贈って彼に結婚を申し込んだ。だがこの時アブドゥッラーは丁重に断って、その後にザハラ家の娘アーミナ・ビント・ワハブと結婚した。このルカイヤの従妹になるハディージャが、財産も地位も総てを捧げて、このアブドッラーの息子に結婚を申し込んだのだった。妹のルカイヤがムハンマドの父アブドゥッラーと結ばれることが出来なかった日の記憶が呼び起こされて、ワラカ・イブン・ナウファルには、この度のハディージャの申し出にムハンマドが応じ、二人の結婚を祝福できた喜びと感慨はひとしおであった。マッカ中が新しく誕生したこの倖せなカドフルの話題で賑やかだった頃、ワラカは以前ハディージャから聞いたマイサラ少年の話に憶いをめぐらしていた。マイサラはムハンマドの共をしてシリアまで商品を運んで行った少年であったが、この少年の話には二十六年前に妹がアブドゥッラーの顔に見たという『光』とつながるものがある・・・。ワラカは従妹の婿となったその青年に、長い間待ち続けてきた噂の預言者の到来の確証を見つけたように思う。 「ああ、胸が震える。 私は畏れのあまり感泣する。 何と長い聞、待ったことだろう…… ハディージャよ、あなたの話を聞いて以来、私は望みを大きくした」互いに真実の愛を分がちあい、協力しあい、信頼しあう、二人の深い安らぎに包まれた結婚生活が始まった。一滴の汚れも悲しみも混じらない、清らかに澄んだ幸福の泉がふたりの渇きを潤した。2年ないし3年の月日がたち、幸せなふたりに愛の結晶が芽生えた。父親となる喜びがムハンマドの胸を震わせる。初めての体験、しかもこの体験をもってはじめて男として人間として完全になる大きな体験である。ムハンマドは父性の感性が胸の奥深くから沸き出てくるのを覚えた。まもなくこの世に、自分の肉体の一部が生を授かるのだ。自分の生命を受け継いだ小さな愛しい命が誕生するのだ。ハディージャと結ばれて知ったムハンマドの幸福はここに完成することだろう。彼は遠い日の記憶、彼がまだ六歳のときに逝ってしまった母を憶った。母の胎内に自分を残したまま、ヤスリブの地で土となった父を憶った。ふたりが生きていてくれたら、ひとり息子にまもなく生まれる赤ん坊をどんなに喜んでくれたことだろう。父を失った後、養父となってくれた祖父アブドルムッタリブのことも忘れなかった。ムハンマドの胸に熱い想いがごみ上げた。懐かしい人びとへの思慕が募り、彼の瞳は慈愛と哀しみに潤むのだった。感傷を断ち切って、愛する妻に視線を移すと、彼女は妊婦の重たい足どりで家の中を往ったり来たりしている。その顔は幸せに満ちて明るく優しかった。母親となる経験は彼女には初めてではなかった。すでに前夫のアティーク・イブン・アーイド・アルマフズミーとアブーハーラ・イブン・ズラーラ・アッタミーミの二人から娘も息子も授かった。彼女にはもう子供は要らないのではないだろうか。すでに授かった子供たちで十分に彼女の母性は満たされたのではないだろうか。否々、ハディージャの母性愛は前夫の子供たちに十分注がれて、なおさらに最愛の夫ムハンマド・イブン・アブドゥッラーの子をぜひとも欲しいと願ったにちがいない。豊かに成熟した女の本能も、また子供を望んだことだろう。彼女がまだ十分に若々しく新しい生命を産み出すことのできる女である証明を望まぬはずはない!どうして子供を望まぬ訳があろう。彼女の愛する夫は若き乙女たちの憧れの青年である。一方彼女はすでに40代に達している。10歳にも達しない少女が結婚する社会にあっては、40歳を越えたら、もう老女の仲間入りなのであろうか?すでに子供を何人も授かった身であったが、今回の妊娠に彼女は非常に気を配った。最初の結婚、2度目の結媛以上に3度日のこの最後の結婚に子供が恵まれるよう願ったことだろう。前回の2度の結婚では子供が出来ないのではないかとの不安は皆無だったが、今回はもはや妊娠すら遠い望みのように思えて、あきらめにも似た感情に襲われるときがあった。この不安は当然結婚生活の当初から襲ってきた。夫は子供を授かる喜びをまだ知らない。初めての結婚で自分以外の誰をも知らないこの愛する人に子供が授からないかもしれない。彼女にとってはクライシュの婦人たちの聞で自分のことが年だから子供は無理だろうなどと、あれこれ取沙汰されても、さほど気にはならなかった。またハーシム家の婦人たちが口を揃えてハーシム家の好青年に跡継ぎが出来そうもないと、その不安を哀れんだり、勝手な推測をしたとしても、さほど気にならなかった。彼女が気に掛け悩んだのは、自分自身がその不運の原因となることであった。夫が商用で遠出の旅に出たときなどは、おそらく彼女は気がかりで眠れぬ夜を過ごしていたことだろう。「どうぞ、より完全な幸福をお与え下さい」ひたすら天を仰ぎ、祈ったことであろう。夫が戻ると、若さに溢れたみずみずしいその生命力に元気づけられて、彼女の心にかかっていた不安は消え自信が蘇るのだった。自分の身体に貯えられた肥沃な生命力に安堵することができるのだった。妊娠の兆がみえたとぎ、天にも昇る気持でその喜びを夫に告げた。そしてハーシム家の各家に吉報を伝える使者を遣わし、吉報はクライシュ居住他の隅々にまで伝わった。貧しい人々にお祝の施しが与えられた。彼女はマッカに住む総ての人びとが飢や貧困に悲しみ沈むことなく、この慶びを分がちあって欲しかったのだろう。

إن شاء الله

続きます

アッラーのご加護と祝福がありますように

و السلام


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