こばなし

日々のよしなしごと

平和な大晦日

2005年12月31日 | 日記
ようやく卒論がひと段落したので、今さら年賀状に明け暮れる。
たとえどんなにインターネットが発達しようと、年賀状や手紙を書く人が少なくなろうと、
年賀状や手紙というものは、決してなくなりはしないだろう。
本当に心を込めたいなら、メールよりも、電話よりも、手紙だと思ってしまう。
わたしは喋ることが苦手なので、余計にそう思うのだ。
お世話になった人には、やっぱり年賀状を送りたい。

わたしがせっせと書いた年賀状を、書いたそばから読む母。
「何?」と聞いたら、
「交友関係のチェックや!!」

大晦日といえば紅白、K-1、PRIDEなのだろうが、
わたしにとっての大晦日は、ドラえもんTVタックル超常現象SPなのである。
紅白も昔は見ていたのだが、
最近は売れているミュージシャンに魅力を感じれる人が少ないので見ていない。
K-1とかPRIDEも、ボビーとか曙のときだけ見るくらい。
カンフーは好きだが、格闘技すべてが好きなわけではないのだ。

大晦日にドラえもんを見ていると、限りなく落ち着く。
しかし今年は新装ドラえもんだったので、そうとも言い切れなかった。
絵をここまで変えてしまう必要はあったのだろうか?
おそらく今のほうが原作の絵には近いのだろうが、やはり違和感を隠しきれない。
声も前よりきゃんきゃんしていて、あまり落ち着けない。
絵の色合いが淡いのも気に入らない。

TVタックルは普段から好きで見ているが、年末の超常現象SPは別格だ。
わたしはあやふやなものが大好きだ。よくわからないからこそ、楽しいのだ。
そういうものを真剣に研究している人たちと、断固として信じない人たち。
その人たちが、本当にいるかどうか、起こるかどうかわからないことを熱心に議論している。
大竹まことも言っていた。「なんて平和な番組でしょう」 その通り。
大槻教授の必死さは、ときにそのへんの芸人よりも笑えてしまう。
松尾貴史氏の切り口の鋭さには、いつも感服してしまう。素敵…!

ノストラダムスの大予言、マヤ文明の予言、異常気象、宇宙人の地球侵略。
嘘かもしれない。ただのこじつけかもしれない。でも本当かもしれない。
あやふやなものだから、完全否定など結局できない。
もともと答えのない問題というのは、思った以上にあるものだ。

その後CDTVにORANGE RANGEが出ると知り、待つ。
やはりNAOTOは全然映らない。母をも巻き込んでカメラに文句をつける。
「もっと右! 右! あ~そこでなぜアングルを変えるんだ!!」
いざ映ると思わず顔がにやけている。やっぱりかっこいい。わたしにとっては。

母が「オレンジレンジって何なの?」と聞くので、
「若さとビジュアルの良さと曲の良さで売れているバンド。
3人もボーカルがいるのに不協和音で、しかも下手でもったいなさすぎる。
ギターの人が曲づくりをほぼやってるから、ギターがいなかったら成り立たない。
だからわたしはギターの人にしか興味ないの!!
と説明する。
(あくまで個人的な意見です。不快に思う方がいらっしゃったらごめんなさい

そもそもわたしの辛口は、母からの遺伝である。
わたしの説明を聞いた母は、「ほんとだ、下手だね~!」と笑っていた

NAOTOを無事見れたので、犬を連れ、母、伯母とともに近所の神社へ。
久しぶりに伯母に会ったので、愛犬はだいぶ興奮していた
わたしは小さい神社やお寺が好きだ。
だだっ広いよりも小さいほうが、わたしは神域を実感できる。
そもそも人混みは嫌いだし。
たくさんの人が来るところよりも、神様に顔を覚えてもらえるのではないかとも思ってしまう。
お稲荷さんが好きなのも、より身近な感じがするからなのかもしれない。

神様と共存したい。

バリに行ってから、すごくそう思うようになった。
向こうの人はほとんどの人が、共存できている。
彼らの心の豊かさを目の当たりにして、自分の行いを反省した。
日本人も昔はそうだったのに、多くの人がそれを忘れてしまっている。
悲しいというよりも、もったいないことだなぁと思う。
思った以上に、彼らはたくさんのことを与えてくれる。
それは願いを叶えるとか、そういうことだけではない。
神様や目に見えないものは、確実に人の心を豊かにしてくれる。
そしてそれが、わたしの卒論のテーマだったりするのだ

話に脈絡がないな…すみません
絵:夜逃げ屋仮店舗。

林齧(リンカジ) Switch time to Mac!

2005年12月30日 | 日記
最近わたしがちょくちょくのぞいている林齧(リンカジ) Switch time to Mac!
その名のとおり、Macintoshに関するちょっとした話題を提供してくれたり、
MacintoshがいかにWindowsよりも優れているかを教えてくれるサイト。

そもそもなぜ我が家ではMacを使っているのかというと、
母の昔からの知り合いにはMacを使っている人が多く、
「MacはWindowsが必死に宣伝してやっていることなんて、とっくの昔にやっている。
WindowsはMacに追随しているだけでしかないのに、みんながそれを知らないだけ。
使いやすくてわかりやすいし、音楽やるなら絶対にMac」

そう言われて初代のパソコンにMacを買ったのだ。
それだけでなく見た目のハイセンスさでもう決まりだったのだけれど。

「パソコンだっておしゃれじゃなきゃねぇ~」 わたしと母の常套句

わたしはMacがいかに素晴らしいかということを知っているけれども、
残念ながらそれを共有できる人が身近にいなかった。
しかしインターネットというものは素晴らしく、それを可能にしてくれた。
わたしは林齧を見るたび、「そうそう!」とひとりほくそ笑むのだ。

そして今日もまた、ほくそ笑んでしまった。
Macではネットへ接続したときに、自動的に時刻整合をするという設定ができるのだが、
WindowsではMacより3年も遅れて、やっとそれができるようになったらしい。
こんなこと聞いたら思わずニヤリ

そして残念ながら()、Windowsでは時刻を合わせてはくれても、
日付けは自分で確認しなければならないらしい。でもなぜ日付だけ!?

詳しくはこちら

まぁとにもかくにも、I Love Macなのですよ

山田かまちのノート

2005年12月29日 | 山田かまち
暗い世界から--

人は生きる
人は生きる どうしても
人は生きる
人は生きてしまう
この暗い世界の中
生きる
この暗い世界の中
生きる
求めて
生きる
生きてしまう
人はどうしても求める
生きる
この暗い世界の中でも  (76?5?1)



でもだからこそきっと
人は強くて
美しいのだと思える

もっときれいに
生きたくなる

写真:バイクに乗るデワとナタリー@Bali

シャーマンキング 第4巻名言集

2005年12月28日 | 漫画
今これを打っている時点では、すでに2006年なのだけれど、
新年のご挨拶は、元旦の日付けに追いつくまで預けさせていただきます

~裏表紙より~
巨大な彗星が世界を巡る。それはシャーマンファイト開催を告げる星。でも葉くんはいつも通り、緊張感まるでなし。そんな葉くんの前に、パッチ族のシルバが現れた。なんと精霊を連れた彼は、S.F.(シャーマンファイト)運営委員で!?

「君が答えを知っているなら それは「知識」であって「知恵」ではない
知恵とは閃き 無から有を生み出す力 不可知を既知にする才能
それはつまり この世に新たな可能性を見いだす光

よって 人類を導くべきシャーマンキングにとって 最も必要な力こそが---
この知恵なのだからな」  シルバ


知識だけなら誰にでも得ることができる。
美輪明宏も言っていたが、知識を教養として使えるようにならなければ意味がない。
でもそれが一番難しい。

「遅い… ったく 葉の奴!!
こんな時間まで晩ごはんも作らずに どこほっつき歩いてんのかしら!!!」  アンナ

「だからって君はそのためにぼくを呼びだすのか---!!」  まん太

このまん太のツッコミがなければ、この漫画の面白さはきっと下がるだろう。
あっぱれ、まん太

「あたしは『オレが世界を救う』なんて奴はもちろん信用しないし
『やってやるぜ』ってガツガツした熱血マンが大キライ
だって そんな奴らに限って己の欲望むき出しで しかも口先ばっかり
オレがオレがって 普段調子のいい事言ってる割には 困難にぶつかるとすぐへこたれる
なぜかわかる? 奴らは結局 自意識と己の欲でしか目的を持たないからよ
でも葉は違う
あいつは ラクでいたい 以外の目的なんか持ちあわせちゃいないもの
だからあいつはいつも笑っていられるし
目的に縛られて 自由とゆとりを失う事もない
それは逆に言えば いつでも自由な発想で なんでも出来るって事
人の欲望は 満たされた瞬間消滅するわ
欲のために生まれた目的がシャーマンキングなら
それを果たした後 その人は何をしてくれるのかしら?
葉は 何があっても葉でいられる
だからあたしは そんな葉を愛してる
だからあたしは---
葉は必ずシャーマンキングになれるって 信じているのよ」  アンナ


これを読んだとき、少しわかった気がした。
わたしがアンナちゃんを好きなのは、自分にも少なからずこういう冷めた部分があるからだ。
暑苦しい人は苦手だ。
そっとしておく優しさがあることを知らない、おせっかいすぎる人も苦手。
先陣を切って舵をとる人よりも、静かにしかし着実に事を進める人の方が好きだし、
きっと自分もそういう種類の人間なのだ。
興味のないことには、少しも熱狂できない。
友だちに「社会人になったら少しはゴルフ勉強した方がいいよ」と言われたが、
わたしはきっと一生しないだろう。そんなこと、わたしにとってはきっと地獄だ。

そして思った。恥ずかしがることも、疑うこともなく、
「愛してる」なんて言い切れたら、しあわせだろう。
わたしにもいつか、家族以外の人にそんなことを言える日が来るのだろうか。

17歳バトン

2005年12月27日 | バトン
避け続けていた17歳バトン。腹をくくってやりましょう。

17歳の時何をしていた?
生まれて初めてのバイトをマクドナルドで始め、
恋に勉強に学校行事にと今思えば充実していたかも。
ただし部活は茶道部に入ったものの、続かず帰宅部。すでにアンパンマン好き。
同級生のライブに行き始めて、ライブの楽しさを知る。そして通い始める。
ピンクリボン軍、PICK2HAND、COTE-DORという、
わたしにとって永遠のバンドに出会ったのもこの頃。
周富徳似のバイトの大学生といい感じになりかけるが、
その後高校の同級生に一目惚れしてしまう。 そして結局フられる。
でも今思えば、周富徳似の人の方が本当に好きだったし、自分に合っていたと思う。
あとは後輩の好きな先輩が、わたしのことを気に入っていて、
それで後輩にキレられたりした。その後仲直りしたけど。
わたしが先輩からサイコロキャラメルをもらったのが最高にむかついたらしい。爆
今思い出すとかなり笑える。

17歳の時何を考えていた?
ついに山田かまちと同じ年になったと、感慨にふけることしばし。
ほとんどは恋愛のことばかり考えていた気がする。つまり妄想。
彼氏はいなかったけど、ときめきはそこらじゅうにあったんだ、あの頃は!
ひとつのことを考え出すと、そればっかりになってしまう。
大学のことを考えるのが嫌だった。
バイト先のほとんどの人と気が合わなくて少し嫌だった。
友だちと太めの先輩「ビック(仮)」ネタでいつも爆笑していた。
あとは「やかましい!」「ぶっこんでぶっこんで」「ゾルガ」という言葉でも爆笑。
同級生やら先生やらの小ネタは、いつまでも笑えるから可笑しい。

17歳の時のイベント
1番のイベントはなんだろう…? いろいろありすぎて選べない。
体育祭も文化祭もライブも、本当にいろいろあった。

17歳でやり残した事
やっぱり部活かな…でもわたしに合う部活が高校にあったのかどうか。
軽音的な部もあったけど、やっぱりわたしには合っていなかったと思う。
あとは彼氏を作ること…涙

17歳に戻れたら
周富徳似の人とつき合ってみる。なんか恥ずかしいな。
大学選択に、文学部も考慮に入れる。
文学部も入れていたら、もっとわたしの幅は広がっていたと思う。
外語大のインドネシア語学科を受験する。
あの頃はインドネシア語の良さを知らなかった…。

17歳に戻って頂く方
みなさまほとんど戻ってらっしゃいますね?