紫陽花記

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別館★俳句「めいちゃところ」

★4 村興し、かがいの夜

2024-03-16 06:45:17 | 風に乗って(風に乗って)17作


 若者の村離れと農家の嫁不足解消に役立てようと、数十年ぶりに、村をあげての暗闇祭りが行われることになった。

 孫娘が出かけ、息子夫婦が出かけると、トメは落ち着かなくなった。
『年甲斐もなく』何度も呟いてみたが、どうにも騒ぐ気持ちを抑え切れない。
 タンスに眠る娘時代の着物を取り出すと、胸高に帯を締めた。嫁の化粧品をちょっと借り、後ろに束ねた白髪を解き垂らした。

 五大堂は数本の灯明だけで浮かび、詣でる人々の顔は、闇に慣れた目にもはっきりとは見えない。せかされるように山門に立ったが、気恥ずかしさが後を追ってきた。
『やっぱり帰っぺ』引き返そうとしたトメの腕が、逞しい手に掴まれた。
「今夜、オラと過ごすっぺよ」
 若い声はトメの耳元で囁いた。
 後ずさりするトメを若者が笑った。
「可愛いね。何も怖い事は無がっぺよ」
 じいさんが逝って二十年。ましてや、若者の側にいると思うだけで口が利けない。
「あれれ、随分手が荒れているようだけど、きっと働き者なんだっぺね」
 トメの手を撫でながら若者は言った。その手は背に回り、指はトメの髪を梳いた。
「長い髪だね。美しい髪なんだっぺね。明るい所で見たいな。お堂の方へ行くっぺよ」
 トメは、闇の中で頭を振った。しどろもどろの言い訳をすると、一目散に家に逃げ帰った。

「じいさん、ほんの出来心だっぺよ。許しておくれ。あの頃の祭りを思い出してよ。それにしても、若いということは良いものだなぁ」
 仏壇の前にペタリと座ったトメの、鳴らす鐘の音は高かった。



★著書「風に乗って」から、シリーズ「風に乗って」17作をお送りしています。楽しんで頂けたら幸いです。
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