紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

14 携帯電話

2023-03-11 15:42:42 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 すみれは、山谷の携帯電話に自分の携帯電話から掛けることにした。祖母の竜子は、何かあったらいつでも電話を掛けるようにと、すみれに携帯電話を持たせていた。だが今まで一度も竜子に掛けたことはない。
 山谷は仕事中らしく留守電に切り替わっていた。
「すみれです。千代おばぁさんが病気です」
 山谷の留守電にそれだけを入れた。
 千代は、歯のまばらに抜け落ちた唇を振るわせて、息をしている。さっきより荒い呼吸のようだ。山谷にもう一度電話を掛けようとしたとき、車が止まって、ドアの開閉する音がした。
 玄関の引き戸に影が映って「山谷ですが」
と、山谷が戸を軋ませて開けた。
「千代おばぁさんは? 具合はどう?」
「こっちの部屋に寝ているけど」
「大分具合が悪そうだ。医者には?」
「診てもらっていないって」
 じっと千代の顔を見ていた山谷は、
「連れて行こう病院へ」
 と言った。

 山谷の運転するタクシーの後部座席に、すみれは千代を抱えるようにして乗った。千代は目をつむったままでなにやら呟いた。
 すみれは、千代に抱かれたときのことを思い出した。今度は自分が千代を抱いている。痩せた小さな千代が、うんと軽く感じた。
 病院に着き千代が入院しなければならないと分かってから、すみれは竜子に連絡した。
「リュウちゃん、友達の千代おばぁさんが病気なの。今病院。帰りは山谷のおじさんがうちまで送ってくれるって。千代おばぁさんとおじさんのことは帰ってから話すから」


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著書・夢幻に収録済み★連作20「すみれ五年生」が始まります。
作者自身の体験が入り混じっています。
悲しかったり、寂しかったり苦しかったり、そのどれもが貴重なものだったと思える今日この頃。
人生って素晴らしいものですねぇ。
楽しんでお読みいただけると嬉しいです。
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(でばんまつもののふひとりはるひかげ)

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