紫陽花記

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別館★俳句「めいちゃところ」

13 千代の病気

2023-03-05 08:59:28 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 すみれは、千代と何日も会えないでいた。千代の家を訪ねた。チャイムを鳴らしたが返事がない。玄関の引き戸を引くと、建て付けが悪いらしく、キコキコと音を立てた。
「千代おばぁさん。すみれです。居ますか? すみれです」
「ああ、すみれちゃんかい。入っておいで」
 千代の力のない声がする。玄関右手の畳の部屋に布団が引いてあった。仰向けに寝ていた千代が、顔だけをこちらに向けて作り笑いをした。
「具合が悪いの? 千代おばぁさん」
「風邪を引いたみたいで、熱っぽいんだ」
「お医者さんには見てもらったの?」
「私は医者嫌いでね。娘も連れて行くって言うんだけど、行かないんだ」
「だって、顔色が悪いよ」
「大丈夫だよ、いつだったかも、こんなときあったけど、二、三日寝ていたら治ったのだから」
「でも……」
「だ、だいじょう……ぶ……」
 千代が目を閉じてしまった。すみれはそれ以上声を掛けないで見守った。
 寝息を立てる千代の顔を見ていると、千代と友達になってからのことが思い出される。
 千代と友達になる前に、山谷に声を掛けられた時は怖かった。『いろんな事件が最近起きているから、知らない人には注意するように、一人では遊びに行かないこと』などと、学校でも祖母の竜子にも言われていた。けれど、優しい言葉を掛けられると、その注意もいつの間にか忘れてしまった。山谷も千代も悪い人ではないし、今ではすみれの大切な友達だ。
 千代の様子を見ながら、すみれは、山谷の声を聞きたいと思った。


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著書・夢幻に収録済み★連作20「すみれ五年生」が始まります。
作者自身の体験が入り混じっています。
悲しかったり、寂しかったり苦しかったり、そのどれもが貴重なものだったと思える今日この頃。
人生って素晴らしいものですねぇ。
楽しんでお読みいただけると嬉しいです。
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(ふしぶしにおどりつかれやさんしきすみれ)