活字中毒の(笑)師匠は、精神世界やニューエイジ関連の本を必要
としなくなったのだが、(実際、読めなくなったが正しい)
あいかわらず、活字中毒自体は治まらないらしく、別館ブログに書いたように
『冷えとり』なる本を最近は読んでいた。
その関連本に書いてあることを読んでいて、今までの体感や、
メッセージとしていただいていた感覚が、
古来より伝えられていたこととなんら変わらないことに
改めて、神さまのお智慧の凄さに驚嘆すると共に、深く、深く感謝するばかり。
そして、そのお智慧のどれもが、シンプルで実に美しい。
思考により、感情により、考え癖により、歪んだ状態が続けば、
うつわであるカラダの状態を歪め、在るべき状態でいられなくなる。
在るべき状態でいるための智慧を求めたのも、
何らかのその時、その時の事象があったからなののだが、
智慧を必要とすることが、さらなる智慧を呼ぶことを、何度も、
何度も、体験してきた。
これは、誰にもあることなのだ。
そして、
その体験を智慧とし、力とし、前進することを選ぶものがいて、
智慧ともせず、力ともせぬものがいる
智慧とはせず、力のみにするものがおる
それもそなたたちの自由
その自由をわれらはあたえた
どの道を選ぶかもまた、そなたたちが決めること
今、起きていることも、これから起こるであろうことも、
この瞬間も、常に私たちは選んでいる。