面白草紙朝倉薫VS安達龍真

夢と現実のはざまで

夢の扉

2005年11月28日 | Weblog
 ある夜の夢には甘美な香りの扉があった。甘美な香り、というのは、例えば、二度と戻る事の出来ぬ幼年時の記憶であったり、亡き母の温もりであったり、真紅に燃える西空の夕焼けであったり、不確かな、手の届かぬ思いでが胸をくすぐる感触とでも言うのだろうか。
 僕は暫し、扉の前で立ち止まった。扉を押せば夢の世界へ入って行ける。なのに、僕の身体は動かなかった。 小林秀雄の言葉が浮かんだ。プラトンの「国家」を論じた、素晴らしい随筆なので引用してみる。「どんな高徳な人といわれているものも、恐ろしい、無法な欲望を内に隠し持っている、ということをくれぐれも忘れるな、それは君が、君の理性が眠る夜、見る夢を観察してみればわかることだ」ソクラテスの語る洞窟の比喩の解説だが、「そういう人間が集まって集団となれば、それは一匹の巨大な獣になる。飼い馴らすことの出来ない魔物となり、その巨獣(社会)にどうしても勝てぬという認識からソクラテスが死を選択する」ことを、小林秀雄は断言している。
 僕は扉の前から引き返した。数年来僕の脳を悩ませていた深い霧が、目覚めと共にすっかり晴れた。

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