電話をかける相手がことごとく通話中なので
変だなと思っているとTがやって来て、
「止まってますよ」と、忠告して、去った。
静かな月曜の午後。
こんな日は、思いがけない人が訪ねて来る予感
がする。Tに言わせれば、予感は潜在的願望だ
そうだが…。
静かな月曜の午後、電話も止まってしまった
僕は、溜まった原稿をせっせと書いていた。
こんな日は思いがけない人が訪ねて来る予感が
する。ピンポーン!ほら、玄関のチャイムが鳴
った。電話代の請求かもしれない。いや、電気、
ガス、水道の集金人かも、迂闊にドアを開けては
いけない。躊躇していると、2度目のチャイムが
遠慮がちにピンポンと、鳴った。ドアを開けた。
4Lサイズ大の背広で風船を包んだような血色の
良い青年が、泣いてもその顔じゃないかと思わせ
る笑顔で、立っていた。
「どちらさまで?」
「死に神です」
「はあ?」
「皆さん、驚かれるそうです。是非もないと即座
に理解されたのは織田信長一人だそうです」
死に神、と、名乗る青年は、力士が金星をあげて
インタビューを受ける時のように額に汗を浮かべて
誠実そうに語った。
「そうです。と、いうのは、疑問に思われるでしょ
うが研修で学んだ知識なので、はい、私は、初出勤
なのです」
新手の詐欺なら取材になると思い、
「立ち話もなんだから、どうぞ」と、死に神を書斎
に案内した。彼の体重で床が軋んで小さな悲鳴に聞こ
えた。
「もちろん、私の存在はとり付いたあなたにしか見え
ませんのでご安心下さい」
「とり付いた、って嫌な言い方だなあ。で、どんな用
件で僕に?」
「はい、あなたは無鉄砲で、暴飲暴食、無駄な夜更かし、
色欲等無茶をなさいますので、少し早めにとり付いてお
いた方が良いだろうと」「誰が決めたの?」「委員会で」
「何処の?」「死に神協会の」と、噛み合わない会話。
僕の理解したところによると、(どうも織田信長を最初
に持ち出したのはテクニックのようだ)僕の寿命はまだ
かなりあるのだがヒドイ無駄づかいで調和を乱している。
そこで、死に神がガードマンのように付きそう事に決まっ
たらしい。選ばれた人間のようで悪い気はしない。
さて、あの静かな月曜の午後から3年が過ぎた。となり
の死に神の体型が随分スリムになり、いまや、僕より細い
くらいだ。ただ、あの泣いても変わらない笑顔だけは3年
前のままだ。いや、痩せた分だけ泣いているように見える。
つまり、僕らが普通に想像する死に神の姿に近づいて来た
訳だ。そして、痩せる速度も加速してきた。
誰にも見えないのだから、Tに相談も出来ないでいる。
心なしか彼の輪郭が薄く見え始めた。生活を改めるには
もう遅すぎる。それに、彼も初仕事で苦労したのだ。なる
べく早く解放してあげたい。僕の代わりに痩せてくれたの
だと思うと、涙さえこみ上げてくる。
よし、思いっきり無茶をして死に神と決別しよう。いい
奴だった。
「ダメですよ。寿命は予め決まっているのですから。それ
に、私が痩せるのは仕事なのです」
すでに完全な泣き顔にしか見えない笑い顔で、死に神が
言った。木枯らしのようなウイスパー80%のその声は、
死に神に相応しい地獄が似合う、僕まで泣きたくなるよう
な情けない声だった。
彼は立派な死に神に成長したのだ。僕は胸が熱くなった。
変だなと思っているとTがやって来て、
「止まってますよ」と、忠告して、去った。
静かな月曜の午後。
こんな日は、思いがけない人が訪ねて来る予感
がする。Tに言わせれば、予感は潜在的願望だ
そうだが…。
静かな月曜の午後、電話も止まってしまった
僕は、溜まった原稿をせっせと書いていた。
こんな日は思いがけない人が訪ねて来る予感が
する。ピンポーン!ほら、玄関のチャイムが鳴
った。電話代の請求かもしれない。いや、電気、
ガス、水道の集金人かも、迂闊にドアを開けては
いけない。躊躇していると、2度目のチャイムが
遠慮がちにピンポンと、鳴った。ドアを開けた。
4Lサイズ大の背広で風船を包んだような血色の
良い青年が、泣いてもその顔じゃないかと思わせ
る笑顔で、立っていた。
「どちらさまで?」
「死に神です」
「はあ?」
「皆さん、驚かれるそうです。是非もないと即座
に理解されたのは織田信長一人だそうです」
死に神、と、名乗る青年は、力士が金星をあげて
インタビューを受ける時のように額に汗を浮かべて
誠実そうに語った。
「そうです。と、いうのは、疑問に思われるでしょ
うが研修で学んだ知識なので、はい、私は、初出勤
なのです」
新手の詐欺なら取材になると思い、
「立ち話もなんだから、どうぞ」と、死に神を書斎
に案内した。彼の体重で床が軋んで小さな悲鳴に聞こ
えた。
「もちろん、私の存在はとり付いたあなたにしか見え
ませんのでご安心下さい」
「とり付いた、って嫌な言い方だなあ。で、どんな用
件で僕に?」
「はい、あなたは無鉄砲で、暴飲暴食、無駄な夜更かし、
色欲等無茶をなさいますので、少し早めにとり付いてお
いた方が良いだろうと」「誰が決めたの?」「委員会で」
「何処の?」「死に神協会の」と、噛み合わない会話。
僕の理解したところによると、(どうも織田信長を最初
に持ち出したのはテクニックのようだ)僕の寿命はまだ
かなりあるのだがヒドイ無駄づかいで調和を乱している。
そこで、死に神がガードマンのように付きそう事に決まっ
たらしい。選ばれた人間のようで悪い気はしない。
さて、あの静かな月曜の午後から3年が過ぎた。となり
の死に神の体型が随分スリムになり、いまや、僕より細い
くらいだ。ただ、あの泣いても変わらない笑顔だけは3年
前のままだ。いや、痩せた分だけ泣いているように見える。
つまり、僕らが普通に想像する死に神の姿に近づいて来た
訳だ。そして、痩せる速度も加速してきた。
誰にも見えないのだから、Tに相談も出来ないでいる。
心なしか彼の輪郭が薄く見え始めた。生活を改めるには
もう遅すぎる。それに、彼も初仕事で苦労したのだ。なる
べく早く解放してあげたい。僕の代わりに痩せてくれたの
だと思うと、涙さえこみ上げてくる。
よし、思いっきり無茶をして死に神と決別しよう。いい
奴だった。
「ダメですよ。寿命は予め決まっているのですから。それ
に、私が痩せるのは仕事なのです」
すでに完全な泣き顔にしか見えない笑い顔で、死に神が
言った。木枯らしのようなウイスパー80%のその声は、
死に神に相応しい地獄が似合う、僕まで泣きたくなるよう
な情けない声だった。
彼は立派な死に神に成長したのだ。僕は胸が熱くなった。