アートインプレッション

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移動派とは

2008-11-13 10:24:15 | トレチャコフ展
来年春から開催される 国立トレチャコフ美術館展「忘れえぬロシア」 では、レーピン、スリコフ、クラムスコイといった巨匠たちの絵画が出品されます。
彼らは、「移動派」と言われていますが、今回は、その移動派とはどんな事をやっていた人たちなのか、触れてみたいと思います。

ロマノフ王朝か爛熟期を迎えた19世紀後半、若い芸術家たちが、官立芸術アカデミーの制約に反発し、民主的理想を胸に現実の生活や自然を描く事で、当時の社会を批判し始めました。

1863年 クラムスコイに率いられた若い画家達は「ロシア・リアリズム」を掲げて美術アカデミーを脱退
1870年 脱退した画家たちで「移動展協会」を結成
彼らはその主張を民衆に広めるべく、ロシア各都市で展覧会を開くようになります。
1871年~1923年にかけて、48回もの移動展覧会を行い、当時、絵画芸術というと、まだ特権階級のもの。
それを、民衆にちかづけ、現実を直視し、民衆の貧しさだけでなく美しさを、苦しみだけでなく力強さや忍耐力を描きだし、社会の矛盾をも訴えていこうとします。
そのために、「移動派」(移動しながら展覧会を行う人々)と言われるようになるのです。

移動派の絵画においても、光を描くにあたっても時代がかった伝統的な暗い色調ではなく、明るめの色調を選び、より自然さや自由を求めたものとなっていると言えます。

その後、進歩的な視点をもった芸術家たちのほとんどが「移動派」の活動に参加するようになり、
1877年には、露土戦争もはじまり、ナショナリズムの高まりとも相まって、祖国ロシアの歴史や美しく壮大な自然を描き出し、一方では、フランス印象派もロシアに伝わり、ロシア・リアリズムと合流。ロシアの印象派とも呼べる作品も誕生して行きます。

このように、「移動派」はロシア美術界を牽引する役割をはたし、20世紀に訪れるロシアアヴァンギャルドの土壌を育むことにもなったのです。

この一連の流れを見る事が出来る 国立トレチャコフ美術館展「忘れえぬロシア」。
来年の公開を楽しみにお待ち下さいませ。


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