アートインプレッション

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キャバレー「シャ・ノワール」、現在の様子

2011-05-31 16:38:16 | 陶酔のパリ・モンマルトル
キャバレー「シャ・ノワール」、現在の様子


「陶酔のパリ・モンマルトル1880-1910」展のサブ・タイトルでもあるキャバレー「シャ・ノワール」。今回はその跡地について、写真と一緒にご紹介します。




「シャ・ノワール」跡地へ行くにはまず、地下鉄Blanche駅を降ります。目の前に開けて来るのは、モンマルトル夜のランドマーク、「ムーランルージュMoulin Rouge」。
昔ながらの風車に観光客が集まり、いかにもにぎやかな雰囲気を醸し出しています。
キャバレーやカフェ・コンセールで栄える以前は、モンマルトルは富裕層の別荘地であったため、風車はその時の名残りと言われています。
そのムーランルージュを背に少し進み、左に曲がってさらに進んで行くと、芸術家たちが毎晩通った道、「ヴィクトール・マッセ (旧ラヴァル)通り」が見えてきます。



かつて「シャ・ノワール」を移店する際には、ロドルフ・サリスが大勢の仮装行列を従えて、真夜中にこの「ヴィクトール・マッセ」通りを練り歩いたと言われています。その中には当時人気を誇っていた歌手のアリスティド・ブリュアンも交ざっていたのですから、大変な見ものだったのでしょう。
現在はギターやドラムなどの楽器屋が並んでいて、少し高円寺と似た雰囲気がしました。

そしていよいよ「シャ・ノワール」跡地。



気をつけないと素通りします。
現在は一般のアパートとして残っている「シャ・ノワール」ですが、玄関に掲げられたプレートのメッセージからは、当時の面影を偲ぶことが出来ました。

通行人よ、止まりなさい。
この建物はロドルフ・サリスにより、
ミューズと歓喜の女神に捧げられていた
ここに 有名なキャバレー「シャ・ノワール」が
1885年から1896年まで収容されていた


こうしてみると、外観こそ変わったものの、キャバレー「シャ・ノワール」で息づいたエネルギーが現在も街の角々でさりげなく受け継がれていることに、少し驚かされつつ街全体に懐かしさを覚えました。
当時は黒と黄色の看板が掲げられていて、メッセージの最後に「現代的であれ!」と強く書かれていたそうです。
旧態依然としたアカデミー芸術に背を向けて、ユーモアと歓楽の中に新しい芸術を見出した時代が、この看板にも隠されているのではないでしょうか。



陶酔のパリ・モンマルトル1880-1910展は、伊丹市立美術館で6月5日(日)まで開催されています。お見逃しなく!!

写真提供、弊社スタッフ木村はるか

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モンマルトル エリック・サティの家

2011-05-19 20:01:19 | 陶酔のパリ・モンマルトル
エリック・サティの家 in モンマルトル

今日は19世紀末の一風変わった音楽家、エリック・サティの家をご紹介します。
以前から訪れてみたいスポットベスト10に入っていましたが、なかなか機会がなく、私も今回初めて訪ねることができました。




サクレ=クール寺院からモンマルトルの丘をさらに左奥へと進んでいくと、2~3分ほどでのどかな通りへと抜けられます。
エリック・サティが住んでいたアパートもその一角。
本当にモンマルトルの丘の真ん中に住んでいたんだなと少しびっくりするくらい、かつてカフェ・コンセールやキャバレーが並んでいた通りの近くでした。
とはいえ現在も人が住んでいるアパートのため、そんなに華々しい出会いではありません。
上の写真の通りを目をこらして歩いてやっと、サティの名残りを見つけることが出来ました。




まさにキャバレー全盛期に住んでいたのですね。
ちなみにサティが「シャ・ノワール」に初めて足を運んだのは、本展でもご紹介している影絵芝居『聖アントワーヌの誘惑』の初演の日だったのではないかと言われています。その時、店主のロドルフ・サリスに肩書きをたずねられて、「ジムノペディストです」と答えたのは、代表曲『ジムノペディ』を作曲するよりも前のことでした。それを聞いて「素晴しい職業だね」なんて紹介してまわったロドルフ・サリスも、よっぽどキャバレー的な人物だったと思われます。
その後ロドルフ・サリスと物別れするまで、影絵芝居『星への歩み』の第2ピアニストもつとめていたのですから、サティは本当に「シャ・ノワール」のことを気に入っていたのでしょう。


左:影絵芝居アルバム『聖アントワーヌの誘惑』より「光の都」
右:影絵芝居アルバム『星への歩み』より「漁師たち」
デザイン:アンリ・リヴィエール(1864-1951)
(c)ADAGP, Paris&SPDA, Tokyo, 2011


アパートの全容はこのような感じです↓↓



皆さんもモンマルトルに立ち寄った際には、少し脇道にそれて探してみて下さいね。

※写真提供:弊社スタッフ、木村はるか



陶酔のパリ・モンマルトル1880-1910展は、伊丹市立美術館で6月5日(日)まで開催されています。


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陶酔のパリ・モンマルトル、散策記

2011-05-10 18:30:41 | 陶酔のパリ・モンマルトル
皆さんゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか?お天気続きで本当に気持ちの良い一週間になりましたね。

実はこの連休中、陶酔のパリ・モンマルトル1880-1910展ゆかりの地を巡ってきました。
展覧会カタログ掲載の地図を片手に散策するのは何だかわくわくして、あっと言う間に時間が過ぎてしまいました。
道に迷ったせいもあるのですが。
少しずつご紹介しますので、皆さんも是非行ったつもりで楽しんで下さい。

エリゼ=モンマルトル ELYSEE MONTMARTRE

サクレ=クール寺院の最寄り駅、「Anvers」の階段を上がって最初に目に飛び込むのがこの「エリゼ=モンマルトル」。
エッフェル塔と同じ時期に建てられて、モンマルトルの庶民や芸術家の卵、文士、娼婦などたくさん人々に愛されました。現在でもライブハウスとして夜のパリを彩っているだけに、昼間でも何となく夜の名残りを感じます。貫禄のダンス劇場に、まずは一礼。

 
丘の頂上、サクレ=クール寺院にたどり着くまでには、上の写真のようなカフェやアイスクリーム屋、お土産屋が所狭しと軒を連ねて観光客で賑わっています。ときには可愛らしいバスなんかも走っていて、つい寄り道、休憩気分に誘われてしまいます。
こうしてぶらぶらと坂道を登って現れるのが・・

サクレ=クール寺院 The Sacred-Heart Basilica of Montmartre


このブログでも何度かご紹介させていただいた、モンマルトルの心臓部 !
展覧会の出品作品にも、まだ建設中の様子が描かれています↓↓(画面右奥)


やっとモンマルトルにたどり着いたような気がして、思わず「着いたー!!」と叫んでしまいました。本当はもう少し洒落たことを言ってみたかったのですが。
19世紀末当時はロートレックやスタンランはじめ、あらゆる芸術家や文士たち、ダンサーが夜になるとこの坂を登り、朝方足を引きずりながら下っていったのだと思うと、感慨深いです。
この日はちょうどミサが始まって、石造りのアーチに聖歌隊の歌声がこだましていました。丘の上からの景色とミサを楽しむだけでもお勧めです。


坂道が苦手な方は、階段脇からトロッコに乗ることも出来るので安心してくださいね。
次回はサクレ=クール寺院のご近所、エリック・サティの住居とモンマルトル美術館界隈をご紹介します。

※写真提供:弊社スタッフ、木村はるか



陶酔のパリ・モンマルトル1880-1910展は、伊丹市立美術館で6月5日(日)まで開催されています。
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