Already 三丁目は夕日

徒然なるままの些細なブログ

Readerを購入してもうちょっとで4ヶ月

2011-07-15 16:58:56 | 日記
ナンだカンだで、結構、活字好きになってしまったような気がする。ブロードバンド化でビジュアル、双方向が一気に進むとか某通信会社が5,6、年前に大声で叫んでいた。個人的には、重要なことは2次元でなければ人間は理解することが出来ないのではないのかと思えてきた。

本当は嘘つきな統計数字 - 門倉貴史(著)を読み終えた。

統計の分析について、母集団の関係から、誤差、マスコミをはじめとする各方面で発表する経済効果の裏表等、今後、いろいろと参考になると思われた。「数えられないものを無理矢理数える」、「気の持ちようで決まる数字の意味」、「科学的という言葉がヤバイ」等など、読み続けていけば「なるほどー!」と思う部分が多かった。「始めに結論ありきで試算」という経済効果のカラクリ等、まさに煽動者の常套手段であるのだなと、再確認した。待てよ、そうすれば今、巷を恐怖に落とし入れている被曝量の数値とやらの根拠は????とか、いろいろな知識の習得と情報分析がいっそう重要になってくるんだよなー。
まぁ、こんな年になれば、加齢で体のあちらこちらにガタがきたのか、体内被曝でガタがきたのかよくわからない感じになっている。早急にこれからの日本の未来を担う、子供たちへの確定的被曝量と確率的被曝量の違いを学術的に証明してもらいたいものだ。
「安全」という合言葉で原子力は推進されてきた。その「安全」という言葉について、最近、「安全」に関わる作業をしなければならなんくなり、言葉の意味を考えた。「安全」という言葉自体、時代とともに変化していくのではないのかな、と。想定外の出来事が発生してから「危険」という境界線が初めてハッキリする。だから「安全」も浮かびあがってくる。想定内で済んだ時間が長ければ長いほど、「危険」と「安全」の境界がなくなっているのではないのかな。まぁ、勘違いという間抜けな現象も無いわけではないが。やっぱり、統計に頼るしかないのかな、情報量と知識の無い者は。

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